慎思録 / 巻之六
隨時制宜。則無拘泥之患。今人亦有頗志此道者。然而見識蔽固。執滯不通。生今世泥古禮。不能隨時制宜。動與風俗時宜相乖戾矣。人或以爲猖狂。儒者之道。豈可如此乎哉。葢君子之處世也。須同而異。其爲學也須純正而通達。
新字:随時制宜。則無拘泥之患。今人亦有頗志此道者。然而見識蔽固。執滞不通。生今世泥古礼。不能随時制宜。動与風俗時宜相乖戻矣。人或以為猖狂。儒者之道。豈可如此乎哉。葢君子之処世也。須同而異。其為学也須純正而通達。
書き下し
時に随ひて宜しきを制すれば、則ち拘泥の患ひ無し。今人も亦頗る此の道に志す者有り。然り而して見識蔽固にして、執滞して通ぜず。今世に生まれて古礼に泥み、時に随ひて宜しきを制すること能はず、動もすれば風俗時宜と相乖戻す。人或は以て猖狂と為す。儒者の道、豈に此くの如くなるべけんや。蓋し君子の世に処するや、須らく同じくして異なるべし。其の学を為すや須らく純正にして通達なるべし。
現代語訳
時に応じてふさわしいやり方を定めれば、こだわり滞る心配はありません。今の人にもこの道に志す者はかなりいます。しかし見識が蔽われ固まって、こだわって通じません。今の世に生まれながら古い礼にこだわり、時に応じてふさわしいやり方を定めることができず、ともすれば風俗や時宜と食い違ってしまいます。人はそれを常軌を逸していると思います。儒者の道がどうしてこのようであってよいでしょうか。思うに君子が世に処するには、人と同じでありながら異なるところを保つべきです。学問をするには純正でしかも通達でなければなりません。
解説
古い礼を今の世にそのまま当てはめず、時に随って宜しきを制するべきだと説く条です。「君子は同じくして異なる」は『易経』睽卦の象伝の語で、世間と和しつつ本質は失わないことを言います。益軒は『家礼』などの中国の礼をそのまま行う儒者を批判し、日本の風俗に合わせた礼を説きました。原則を守ることと、形を時代に合わせることは矛盾しません。伝統を大切にするあまり周りとぶつかっているなら、形と本質を分けて考えてみる必要があります。
この章句が説くこと
時宜礼柔軟易経通達
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