慎思録 / 巻之六
方外之徒。其才性太過人者不尠矣。看於其書所載。而可知而已。向使彼輩逢明師。而識得吾聖人之學。則其所成就。別有所超越。然一沒溺之。不能出其窠臼之中。其不幸如此。豈不可惜乎。且如本邦古今才俊之士。出于正史野乘者。不可枚記。若使彼輩知聖賢之學其所達亦不可測。然而無父兄之敎。師友之訓。惜而不能知識。是亦其不幸。可惜乎哉。
新字:方外之徒。其才性太過人者不尠矣。看於其書所載。而可知而已。向使彼輩逢明師。而識得吾聖人之学。則其所成就。別有所超越。然一没溺之。不能出其窠臼之中。其不幸如此。豈不可惜乎。且如本邦古今才俊之士。出于正史野乗者。不可枚記。若使彼輩知聖賢之学其所達亦不可測。然而無父兄之教。師友之訓。惜而不能知識。是亦其不幸。可惜乎哉。
書き下し
方外の徒、其の才性の太だ人に過ぐる者尠からず。其の書に載する所を看て、知るべきのみ。向し彼の輩をして明師に逢ひて、吾が聖人の学を識り得しめば、則ち其の成就する所、別に超越する所有らん。然るに一たび之に没溺すれば、其の窠臼の中より出づること能はず。其の不幸此くの如し。豈に惜しむべからずや。且つ本邦古今の才俊の士、正史野乗に出づる者の如き、枚記すべからず。若し彼の輩をして聖賢の学を知らしめば、其の達する所も亦測るべからず。然り而して父兄の教へ、師友の訓無く、惜しいかな知識すること能はず。是れ亦其の不幸なり。惜しむべきかな。
現代語訳
世俗の外にいる僧や道士の中には、才能や性質が人並みはずれて優れた者が少なくありません。その書物に載っているものを見れば分かります。もし彼らが優れた師に出会い、わが聖人の学を知ることができたなら、その成し遂げるものは格別に超えたものがあったでしょう。しかしいったんそちらに溺れると、その型の中から出られません。その不幸はこのようなものです。どうして惜しまずにいられるでしょうか。また日本の古今の才能ある人々で、正史や民間の記録に出てくる者は数えきれません。もし彼らに聖賢の学を知らせたなら、その到達するところも測り知れなかったでしょう。しかし父兄の教えも師友の導きもなく、惜しいことに知ることができませんでした。これもまたその不幸です。惜しいことです。
解説
この章句が説くこと
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