慎思録 / 巻之六
君子之作文章也尙質實。其論理記事。所以純正而明詳也。衆人之作文章也。尙浮華。所以駁雜而鄙俗也。故作爲文章。亦隨其所好。而純駁著矣。其所好可不愼乎。
新字:君子之作文章也尚質実。其論理記事。所以純正而明詳也。衆人之作文章也。尚浮華。所以駁雑而鄙俗也。故作為文章。亦随其所好。而純駁著矣。其所好可不慎乎。
書き下し
君子の文章を作るや質実を尚ぶ。其の理を論じ事を記す、純正にして明詳なる所以なり。衆人の文章を作るや、浮華を尚ぶ。駁雑にして鄙俗なる所以なり。故に文章を作為するも、亦其の好む所に随ひて、純駁著る。其の好む所、慎まざるべけんや。
現代語訳
君子が文章を作るときは質実を尊びます。だから道理を論じ事を記すのに、純正で明らかで詳しいのです。一般の人が文章を作るときは、浮ついた華やかさを尊びます。だから雑多で卑俗なのです。だから文章を作ることも、その好むところに従って、純粋か雑駁かが現れます。その好むところを慎まずにいられるでしょうか。
解説
文章の質は書き手が何を好むかで決まり、質実を好めば純正に、浮華を好めば雑駁で卑俗になると説く短い条です。本巻には文章論がいくつかあり、益軒は一貫して飾らない実用の文章を重んじました。自身の著作も、庶民が読める平易な和文で書かれた教訓書が中心です。文章は書き手の関心と価値観を映す鏡です。見栄えのよい言葉を選ぶより、伝えるべき中身を正確に書こうとする姿勢が、読み手の信頼を得る文章をつくります。
この章句が説くこと
文章質実好み慎み誠
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