慎思録 / 巻之六
人身之生理。以氣爲主。氣是生命之本。故養心者。可寡慾無暴其氣。養生者。可愛氣而無耗也。靜而以保其氣。動而以行其氣。動靜不失其時。是養氣以養生之道也。
新字:人身之生理。以気為主。気是生命之本。故養心者。可寡慾無暴其気。養生者。可愛気而無耗也。静而以保其気。動而以行其気。動静不失其時。是養気以養生之道也。
書き下し
人身の生理は、気を以て主と為す。気は是れ生命の本なり。故に心を養ふ者は、欲を寡くして其の気を暴すること無かるべし。生を養ふ者は、気を愛して耗すること無かるべし。静にしては以て其の気を保ち、動にしては以て其の気を行らす。動静其の時を失はざる、是れ気を養ひて以て生を養ふの道なり。
現代語訳
人の体の生命の働きは、気を主としています。気は生命の根本です。だから心を養う者は、欲を少なくしてその気を損なってはいけません。生命を養う者は、気を大切にして消耗させてはいけません。静かなときには気を保ち、動くときには気をめぐらせます。動と静がその時を失わないこと、これが気を養って生命を養う道です。
解説
生命の根本は気であり、欲を少なくして気を損なわず、動静の時を誤らずに気を保ち巡らせることが養生の道だと説く条です。「寡欲」は『孟子』尽心下の「心を養ふは寡欲より善きは莫し」、「其の気を暴すること無かれ」は公孫丑上の語です。これは益軒が同じころに著した『養生訓』の中心思想そのもので、元気を惜しみ、欲を控え、よく動きよく休むことを繰り返し説きました。働きすぎも怠けすぎも気を損ないます。休むことも養生の一部です。
この章句が説くこと
気養生寡欲動静孟子
関連する章句
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『慎思録』巻之一心は隠微の中に在りて、未だ形迹の著るること有らず。之を操ること難し。情に発して後に迹有りて、善悪著る。此に於て操りて存すべし。情は気に由りて発す。故に正心の道は、養気に在り。養気とは、動静語黙、人に接し事に応ずるに、常に和平なるを要す。和平の道は、所謂其の志を持して其の気を暴ふこと勿きに在るのみ。大率日用常行の際、己を修め人に接するの道は、温恭を以て基と為す。堯は允恭克譲、舜は温恭允塞、夫子は温良恭倹譲、燕居申申夭夭。詩に曰く、温温たる恭人、惟れ徳の基と。管子弟子職に曰く、温恭自ら虚しくすと。聖賢の行ふ所、皆是れ這件の事なり。夫れ人の一身、心固より主為り、而して気専ら事を用ふ。故に七情思慮視聴言動、皆気の為す所なり。之を養ふに節を以てせざるべからず。若し其の気を暴へば、則ち其の道を失ふと為す。故に平生温恭和平にして以て気を養ふは、是れ即ち心を養ふ所以にして、心を養ふと気を養ふとは、二事に非ざるなり。
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『慎思録』巻之四動静其の時を失はざれば、其の道光明なり。須らく時に措きて宜しかるべし。偏へに静に偏へに動にすべからず。蓋し静を好みて動を悪む者は、異学為り。動を好みて静を悪む者は、俗流為り。両つながら之を失ふ。天運人事、其の功を成す者は、皆動く時に在り。然らば則ち人生の万事は、須らく動を以て主と為すべし。故に主静に偏れば、則ち恐らくは異学の弊有らん。然り而して夜間に人身止息せざれば、則ち明日動作の力無し。冬間に陽気伏蔵せざれば、則ち来春発生の力無し。然らば則ち静養の功も、亦た闕くべからざるなり。唯だ専ら静に一ならんと欲せざるのみ。若し動静其の時を失はず、静なるべくして静ならば、則ち何の害か之有らん。夫れ動は静を以て根と為す。須らく静なる処に於て含蓄して、而る後に発動すべきなり。
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