慎思録 / 巻之六
心欲靜。形欲動。心不靜。則不能明理。且精神不存。形不動。則氣血不運。飮食滯塞。倶非所以養軀也。學者之於義理也。疏通則雖有識見。或踈于固守也。蔽固。則雖有執守。或不能通明也。是以疏通者。要執持矣。蔽固者。要通徹矣。葢抑其所有餘。而補其所不足。治性之道。宜如此。
新字:心欲静。形欲動。心不静。則不能明理。且精神不存。形不動。則気血不運。飲食滞塞。倶非所以養躯也。学者之於義理也。疏通則雖有識見。或疎于固守也。蔽固。則雖有執守。或不能通明也。是以疏通者。要執持矣。蔽固者。要通徹矣。葢抑其所有余。而補其所不足。治性之道。宜如此。
書き下し
心は静かならんことを欲し、形は動かんことを欲す。心静かならざれば、則ち理を明らかにすること能はず、且つ精神存せず。形動かざれば、則ち気血運らず、飲食滞塞す。倶に軀を養ふ所以に非ざるなり。学者の義理に於けるや、疏通なれば則ち識見有りと雖も、或は固守に疎し。蔽固なれば、則ち執守有りと雖も、或は通明なること能はず。是を以て疏通なる者は、執持を要す。蔽固なる者は、通徹を要す。蓋し其の余り有る所を抑へて、其の足らざる所を補ふ。性を治むるの道、宜しく此くの如くすべし。
現代語訳
心は静かであることを望み、体は動くことを望みます。心が静かでなければ道理を明らかにすることができず、また精神も保たれません。体が動かなければ気血がめぐらず、飲食が滞ります。どちらも体を養う方法ではありません。学ぶ者が道理に対するとき、よく通じる人は見識はあっても、ときに固く守ることに疎くなります。蔽われ固い人は、守ることはできても、ときに明らかに通じることができません。だから、よく通じる人は固く保つことを心がけ、蔽われ固い人は通じ徹することを心がけるべきです。思うに余っているところを抑え、足りないところを補うのです。性を治める道は、このようにすべきです。
解説
前半は養生論、後半は学問における気質の偏りの補い方を述べた二つの条がつながった単位です。心は静かに、体は動かすという考えは『養生訓』の中心で、益軒は食後に歩くことなども勧めました。後半は、頭の柔らかい人は守る力が弱く、堅い人は通じる力が弱いので、それぞれ逆を補えと説きます。自分の長所の裏にある弱点を知り、意識して逆を鍛えることは、心身の健康にも学びにも通じる調整の知恵です。
この章句が説くこと
養生静偏り中庸修身
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