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慎思録 / 巻之六

衆人往往不喜聞其過。而拒諫文過。是自用則小之至。不知之甚也。贈人以微儀。雖菲薄之物。所以表其誠意也。人生必有受恩之人。又必有可貴可親之人。此可以贈遺相交。而通誠意也。然而貧者。不以貨財爲禮。唯以情意可相親厚而已矣。古之人。貧者亦以束脩爲禮。富者以玉帛爲禮。葢不如此。則其誠意不著也。若夫鄙吝者。雖富貴。惜微財而不能行禮。薄情者。雖有閑暇。惡勞動而不能用力。此誠意之所以不懇篤。而交情之所以不感通也。

新字:衆人往往不喜聞其過。而拒諫文過。是自用則小之至。不知之甚也。贈人以微儀。雖菲薄之物。所以表其誠意也。人生必有受恩之人。又必有可貴可親之人。此可以贈遺相交。而通誠意也。然而貧者。不以貨財為礼。唯以情意可相親厚而已矣。古之人。貧者亦以束脩為礼。富者以玉帛為礼。葢不如此。則其誠意不著也。若夫鄙吝者。雖富貴。惜微財而不能行礼。薄情者。雖有閑暇。悪労動而不能用力。此誠意之所以不懇篤。而交情之所以不感通也。

書き下し

衆人往往其の過ちを聞くことを喜ばずして、諫を拒み過ちを文る。是れ自ら用ゐれば則ち小なるの至り、知らざるの甚だしきなり。人に贈るに微儀を以てするは、菲薄の物と雖も、其の誠意を表す所以なり。人生には必ず恩を受くるの人有り、又必ず貴ぶべく親しむべきの人有り。此れ以て贈遺して相交はり、誠意を通ずべし。然り而して貧しき者は、貨財を以て礼と為さず、唯だ情意を以て相親厚すべきのみ。古の人、貧しき者も亦束脩を以て礼と為し、富める者は玉帛を以て礼と為す。蓋し此くの如くならずば、則ち其の誠意著れざればなり。若し夫れ鄙吝なる者は、富貴なりと雖も、微財を惜しみて礼を行ふこと能はず。薄情なる者は、閑暇有りと雖も、労動を悪みて力を用ゐること能はず。此れ誠意の懇篤ならざる所以にして、交情の感通せざる所以なり。

現代語訳

人々はしばしば自分の過ちを聞くことを喜ばず、諫めを拒み過ちを取り繕います。これは「自分の考えだけを用いれば小さくなる」の極みで、愚かさの甚だしいものです。人にささやかな贈り物をするのは、粗末な物であっても、その誠意を表すためです。人生には必ず恩を受けた人があり、また必ず尊ぶべき人、親しむべき人があります。こうした人には贈り物をして交わり、誠意を通わせるべきです。しかし貧しい者は財貨を礼とせず、ただ心情によって親しみを厚くすればよいのです。昔の人は、貧しい者も束脩(干し肉の束)を礼とし、富める者は玉や絹を礼としました。思うに、そうしなければ誠意が表れないからです。けちな者は、富貴であっても少しの財を惜しんで礼を行えません。薄情な者は、暇があっても骨折りを嫌って力を尽くせません。これが誠意が心のこもったものにならず、交わりの情が通じ合わない理由です。

解説

前半は過ちを聞くことを嫌う人への短い戒め、後半は贈り物は誠意を表すものだという礼の論です。束脩は『論語』述而篇で孔子に入門する際の最低限の礼として見えます。益軒は、贈り物の値打ちは物の多少ではなく誠意にあるとし、けちで財を惜しむ者、面倒がって手間を惜しむ者を戒めました。手紙一通、ちょっとした手土産でも、恩ある人に心を届けることは関係を温めます。惜しむのは財か手間か、自分を振り返るきっかけになる条です。

この章句が説くこと

誠意贈り物交わり

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