酔古堂剣掃 / 集法・枯寂も亦た心を槁らすの地
紛擾固溺志之場,而枯寂亦槁心之地。故學者當棲心玄默,以寧吾真體;亦當適志恬愉,以養吾圓機。
新字:紛擾固溺志之場,而枯寂亦槁心之地。故学者当棲心玄黙,以寧吾真体;亦当適志恬愉,以養吾円機。
書き下し
紛擾は固より志を溺らすの場なるも、枯寂も亦た心を槁らすの地なり。故に學者は當に心を玄默に棲ませ、以て吾が真體を寧んずべく、亦た當に志を恬愉に適はせ、以て吾が圓機を養ふべし。
現代語訳
ごたごたと騒がしい所は、もちろん志を溺れさせる場です。しかし、ひっそりと寂しい所もまた、心を枯らしてしまう地です。だから学ぶ者は、心を奥深い静けさに住まわせて本来の自分を安らかにし、また志を穏やかな楽しみに合わせて、円く自在なはたらきを養うべきです。
解説
騒がしさも寂しさも、どちらも心を損なうと説いた一則で、菜根譚にもほぼ同じ句があります。紛擾は世の中のごたごた、枯寂は俗世を離れたさびしい境地です。俗世に埋もれれば志が溺れ、世を捨てて閉じこもれば心が干からびます。そこで、心は静けさの中に置いて本来の自分を守り、同時に穏やかな楽しみも忘れずに、しなやかなはたらきを育てよと言います。円機は、何事にも円く自在に応じる心のはたらきです。忙しすぎても、ひきこもりすぎても、心は健やかではいられません。静けさと楽しみの両方を持ちたいものです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
中庸閑適修身静学問
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