李衛公問対 / 卷中
以誘待來,以靜待躁,以重待輕,以嚴待懈,以治待亂,以守待攻。
新字:以誘待来,以静待躁,以重待軽,以厳待懈,以治待乱,以守待攻。
書き下し
誘うを以て来るを待ち、静を以て躁を待ち、重きを以て軽きを待ち、厳を以て懈を待ち、治を以て乱を待ち、守を以て攻を待つ。
現代語訳
誘いをかけて相手が来るのを待ち、静けさを保って相手の焦りを待ち、どっしり構えて相手の軽率さを待ち、厳しさを保って相手の緩みを待ち、統制を保って相手の乱れを待ち、守りを固めて相手の攻めを待つ。
解説
六つの対句によって、自分がどうあるかを整え、相手の状態が崩れるのを待つという構えを説く。焦って攻めるのではなく、自分の側の静けさや重み、厳しさ、統制、守りを保つことに主眼がある。仕事の競争や交渉でも、相手が浮足立ったり気が緩んだりする瞬間は必ず訪れるもので、それまで自分の態勢を崩さずにいられるかが問われる。先に動いた方が有利とは限らず、構えを保つ力そのものが武器になる場面は多い。
この章句が説くこと
静待機自制
関連する章句
-
孫子・形篇孫子曰く、昔の善く戦う者は、まず不可勝を為して、以て敵の可勝を待つ。
-
老子 第4章道は沖(ちゅう)にして以て之を用ふれど或いは盈たず。淵(えん)なり、兮、万物の宗(むね)に似たり。其の鋭を挫き、其の紛を解き、其の光を和し、其の塵に同じ。湛(たん)たり兮、或いは存するに似たり。
-
李衛公問対・卷中『近きを以て遠きを待ち、佚を以て労を待ち、飽を以て飢を待つ』
-
呂氏春秋・君守①道を得る者は必ず靜なり。靜なる者は知ること無し。知りて乃ち知ること無ければ、以て君の道と言う可きなり。故に曰く、「中に出でざらんと欲す、之を扃と謂う。外に入らざらんと欲す、之を閉と謂う。既に扃して又閉ず。天の用は密なり、准有れども以て平らかにせず。繩有れども以て正さず。天の大は靜なり、既に靜にして又寧なれば、以て天下の正と為す可し。身は以て心を盛り、心は以て智を盛る。智や深く藏れて、實に窺うを得ること莫からんか。鴻範に曰く、「惟れ天、下民を陰隲す。」之を陰にするは、之を發する所以なり。故に曰く、「戶を出でずして天下を知り、牖を窺わずして天道を知る。其の出づること彌々遠ければ、其の知ること彌々少し。」故に博聞の人、彊識の士は闕け、耳目を事とし、思慮を深くするの務めは敗れ、堅白の察、無厚の辯外る。出ださざるは、之を出だす所以なり。為さざるは、之を為す所以なり。此を之れ陽を以て陽を召き、陰を以て陰を召くと謂う。東海の極、水至りて反り、夏熱の下、化して寒と為る。故に曰く、「天は形無くして、萬物以て成り、至精は象無くして、萬物以て化し、大聖事無くして、千官能を盡くす。」此れ乃ち不教の教、無言の詔と謂う。故に以て君の狂を知ること有るは、其の言の當るを以てなり。以て君の惑を知ること有るは、其の言の得るを以てなり。君なる者は、當たること無きを以て當ると為し、得ること無きを以て得ると為す者なり。當ると得るとは君に在らずして、臣に在り。故に善く君為る者は識る無く、其の次は事無し。識ること有らば則ち備わらざる有り。事有れば則ち恢わらざる有り。備わらず、恢わらざるは、此れ官の疑う所以にして、邪の從りて來たる所なり。今の車を為る者は、數官にして然る後成る。夫れ國は豈に特に車を為るのみならんや。衆智衆能の持する所なり。一物一方を以て車を安んず可からざるなり。
-
徒然草・第225段多久資が申しけるは、通憲入道、舞の手のうちに興ある事どもを選びて、磯の禅師といひける女に教へて、舞はせけり。白き水干に鞘巻をささせ、烏帽子をひき入れたりければ、男舞とぞいひける。禅師がむすめ静といひける、この芸をつげり。これ白拍子の根源なり。仏神の本縁をうたふ。その後源光行、おほくの事をつくれり。後鳥羽院の御作もあり。龜菊に教へさせ給ひけるとぞ。
-
『韓非子』解老第二十工人は数々業を變ずれば則ち其の功を失い、...大國を治めて数々法を變ずれば、則ち民之に苦しむ。