慎思録 / 巻之六
少壯之時。血氣充盛。而多嗜慾。所以動易至放恣也。須小心祗畏。堅忍强持也。且歷世未久。而慮事疎謬。所以多過失也。須致慮精詳。苟每咨詢老成人而行事。則庶乎寡過。
新字:少壮之時。血気充盛。而多嗜慾。所以動易至放恣也。須小心祗畏。堅忍強持也。且歴世未久。而慮事疎謬。所以多過失也。須致慮精詳。苟毎咨詢老成人而行事。則庶乎寡過。
書き下し
少壮の時は、血気充盛にして嗜慾多し。動もすれば放恣に至り易き所以なり。須らく小心祗畏し、堅忍強持すべし。且つ世を歴ること未だ久しからずして、事を慮ること疎謬なり。過失多き所以なり。須らく慮りを致すこと精詳なるべし。苟も毎に老成の人に咨詢して事を行はば、則ち過ち寡きに庶からん。
現代語訳
若く壮んなときは、血気が満ちあふれて欲が多いものです。それで何かと気ままに走りやすいのです。用心深く慎み畏れ、堅く耐えて強く自分を保たなければなりません。また世の中を経験してまだ日が浅いので、物事を考えるのが粗く誤りがちです。それで過ちが多いのです。考えを精密に詳しく巡らせるべきです。もしいつも経験を積んだ人に相談してから事を行えば、過ちは少なくなるでしょう。
解説
若者は血気と欲が盛んで経験が浅いので、自らを抑え、よく考え、年長者に相談せよと説く条です。『論語』季氏篇の「少き時は血気未だ定まらず、之を戒むること色に在り」に通じます。益軒は若いころ藩主の怒りに触れて浪人となった経験があり、若気の過ちを身にしみて知っていました。経験の浅さは才能では補えません。自分より長く世を見てきた人に一言相談する手間が、取り返しのつかない失敗を防ぎます。
この章句が説くこと
慎み若さ相談血気過ち
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