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慎思録 / 巻之六

朱子以春秋繁露。爲不是董子所作。愚謂。今見此書。有似術者所言者。朱子之言可信。衆人之情。富貴者。多迷溺于祿位。故驕怠而無行道之志。不恤困窮。無恭儉之行。捨禮義而不顧德行。葢人情居貴。多忘人之賤。居富多忘人之貧。故飽知人饑。溫知人寒者。葢鮮矣。居富貴者。大率如是。不若貧賤而好德者也。然則富貴誠不若貧賤。貧賤何羨富貴乎哉。

新字:朱子以春秋繁露。為不是董子所作。愚謂。今見此書。有似術者所言者。朱子之言可信。衆人之情。富貴者。多迷溺于禄位。故驕怠而無行道之志。不恤困窮。無恭倹之行。捨礼義而不顧徳行。葢人情居貴。多忘人之賤。居富多忘人之貧。故飽知人饑。温知人寒者。葢鮮矣。居富貴者。大率如是。不若貧賤而好徳者也。然則富貴誠不若貧賤。貧賤何羨富貴乎哉。

書き下し

朱子、春秋繁露を以て是れ董子の作る所にあらずと為す。愚謂へらく、今此の書を見るに、術者の言ふ所に似たる者有り。朱子の言信ずべし。衆人の情、富貴なる者は、多く禄位に迷溺す。故に驕怠して道を行ふの志無く、困窮を恤まず、恭倹の行無く、礼義を捨てて徳行を顧みず。蓋し人情、貴に居れば多く人の賤しきを忘れ、富に居れば多く人の貧しきを忘る。故に飽きて人の饑ゑを知り、温かにして人の寒きを知る者は、蓋し鮮し。富貴に居る者は、大率是くの如し。貧賤にして徳を好む者に若かざるなり。然らば則ち富貴は誠に貧賤に若かず。貧賤何ぞ富貴を羨まんや。

現代語訳

朱子は『春秋繁露』を董仲舒の作ではないとしました。私が思うに、いまこの書を見ると、術者の言うことに似たところがあります。朱子の言葉は信じられます。一般の人の心情として、富貴な者は多く禄や地位に迷い溺れます。だから驕り怠けて道を行う志がなく、困窮する人を哀れまず、慎み深く倹約する行いもなく、礼義を捨てて徳行を顧みません。思うに人の心は、身分が高いと人の卑しさを忘れがちで、富んでいると人の貧しさを忘れがちです。だから自分が満腹でも人の飢えを知り、自分が暖かくても人の寒さを知る者は少ないのです。富貴な者はおおむねこのようで、貧賤でも徳を好む者には及びません。そうだとすれば、富貴はまことに貧賤に及ばないのです。貧賤な者がどうして富貴を羨むことがありましょう。

解説

前半は『春秋繁露』の作者を疑う朱子の説への賛同、後半は富貴が人を驕らせ他者の苦しみを忘れさせると説く部分です。二つの短い条がつながった単位です。『春秋繁露』には陰陽五行や祈雨の術が多く、後人の付加が疑われてきました。「飽きて人の饑ゑを知る」は古くからの格言です。益軒は下級武士の家に生まれ、若いころ浪人生活も経験しました。恵まれた立場にいるときほど、他人の苦しみへの想像力が鈍っていないかを問う必要があります。

この章句が説くこと

富貴貧賤驕り想像力

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