慎思録 / 巻之六
伊川曰。後王知春秋之義。則雖德非禹湯。尙可以法三代之治。愚謂。若守古之成法而不失。則雖德非聖賢。亦可以爲治。可以保百世也。伊川之言。豈不信乎。
新字:伊川曰。後王知春秋之義。則雖徳非禹湯。尚可以法三代之治。愚謂。若守古之成法而不失。則雖徳非聖賢。亦可以為治。可以保百世也。伊川之言。豈不信乎。
書き下し
伊川曰く、後王春秋の義を知らば、則ち徳禹湯に非ずと雖も、尚ほ以て三代の治に法るべしと。愚謂へらく、若し古の成法を守りて失はずば、則ち徳聖賢に非ずと雖も、亦以て治を為すべく、以て百世を保つべきなり。伊川の言、豈に信ならずや。
現代語訳
伊川は「後の王が『春秋』の義を知っていれば、徳が禹や湯王に及ばなくても、なお夏・殷・周三代の治世に倣うことができる」と言いました。私が思うに、もし昔から定まった法を守って失わなければ、徳が聖賢に及ばなくても、やはり国を治めることができ、百世も保つことができるのです。伊川の言葉は、なんと確かではありませんか。
解説
為政者が聖人でなくても、優れた原則や成法を守れば国は治まるという条です。伊川の言葉は程頤の『春秋伝』序に見えるもので、『春秋』に示された大義を指針にせよという趣旨です。禹・湯は夏・殷の開祖で、三代は理想の治世とされました。益軒はこれを受け、優れた人物に頼るより、確かな仕組みを守ることの効用を説いています。トップの資質に依存せず、良い原則と手順を受け継ぐことで組織を長く保つという考え方に通じます。
この章句が説くこと
政治成法春秋程伊川仕組み
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