慎思録 / 巻之六
今世之薄俗。捨古昔之好書而不取。以澆季淺末鄙俚文字爲耽看。如書林之所鏤刻。亦徇俗情之所趣向。觀其所刋布。而世情之變態逐時卑薄可知而巳。
新字:今世之薄俗。捨古昔之好書而不取。以澆季浅末鄙俚文字為耽看。如書林之所鏤刻。亦徇俗情之所趣向。観其所刋布。而世情之変態逐時卑薄可知而巳。
書き下し
今世の薄俗、古昔の好書を捨てて取らず、澆季浅末鄙俚の文字を以て耽看することを為す。書林の鏤刻する所の如きも、亦俗情の趣向する所に徇ふ。其の刊布する所を観て、世情の変態の時を逐ひて卑薄なるを知るべきのみ。
現代語訳
今の世の軽薄な風俗は、昔の良書を捨てて顧みず、末世の浅はかで卑俗な文章を耽り読んでいます。本屋が版木に彫って出す本も、やはり世間の好みに従っています。その出版物を見れば、世の中の気風が時とともに卑しく薄くなっているのが分かるというものです。
解説
良書が読まれず、俗な読み物ばかりが売れる世相を嘆いた条です。江戸時代前期は出版業が急速に広がり、京都や大坂の書林から浮世草子などの娯楽本が大量に刊行されました。益軒自身も書林と組んで多くの教訓書を出しており、出版が世の好みに従う構造をよく知っていました。何が売れているかを見れば時代の気分が分かる、という観察は今のベストセラーや検索ランキングにも当てはまります。自分の読むものを自分で選ぶ意識が大切です。
この章句が説くこと
読書良書世相出版選ぶ
関連する章句
-
『慎思録』巻之一今の学者は、書を読み文を学ぶの事常に多くして、徳を慎み力行するの功常に少なし。故に文学漸く進むと雖も、然れども徳行の進まざるや宜なり。且つ文学長進すと雖も、然れども義理を開明すること能はざる者多し。此れ皆読書の人の当に恥づべき所なり。
-
『慎思録』巻之二事を記す者は必ず其の要を提げ、言を纂むる者は必ず其の玄を鉤る。凡そ学者の読書の法、当に此くの如くすべし。然るに其の事を記し言を纂むる者、嘉言善行の世教に益有る者を採らずして、好んで猥紬駁雑奇怪妄誕の説を載す。以て益と為すに足らず、適に以て人を惑はすに足る。
-
『慎思録』巻之一後世の学者、読書を耽嗜すと雖も、道を知るに志無く、平生章句に拘り訓詁に泥みて、精明思弁の功無し。故に経を治め書を読むの日久しと雖も、大道の要を彷彿として知ること能はず。或いは無用の閑言語を為し、閑労擾を為して、拙詞を作り、心を労し功を費やす。無益を作して有益を害すと謂ふべきなり。其の学に進まざるや、宜なるかな。
-
『慎思録』巻之三朱子曰く、好人得難く、好書も亦得難し、と。愚謂へらく、朱子の言、豈に然らざらんや。賢者以下、其の言純正ならざる者、信に多し。学者諸子百家の書を読む者は、須らく其の長を取り其の短を舎つべし。読書の法を得たりと為すに庶し。苟も其の好否を察せずして、概して玩読する者は、迷と謂ふべきなり。
-
『慎思録』巻之五古昔本邦の名士、好んで文章詩賦を作為すと雖も、古人の正体に傚はず。故に鄙俗に近くして古雅に遠し。其の作る所の文詞は、軟態にして靡曼、華飾を好みて淫媟に流る。儒士の文と為すべからず。且つ字を布くこと多く顛倒し、字を連ぬるに俗語を用ひて、詞を作ること古に本づかざる者多し。今の人能く其の詩を誦し其の文を読めば、則ち其の可否を知るべし。
-
『慎思録』巻之一大抵道の明らかならざるは、師道の立たざるに因るなり。師道の立たざるは、豈に特に師の其の人に非ざるのみならんや。抑も亦弟子の師に厳ならざるに由るなり。書を読むの序は、須らく上より下に做すべし。下より上に做すべからず。須らく本より末に到るべし。末より本に到るべからず。蓋し上より下に做すとは、先づ古書を看て、而る後に近世に及ぶなり。本より末に到るとは、先づ経伝を治めて、而る後に史子に及ぶなり。