慎思録 / 巻之二
大凡聞道。亦各隨禀性之高下。而有淺深耳。然非其生質通明淳正之士。則殆不易到於此。偏僻蔽昧之徒。所不能聞也。故雖用力於經術數十年。亦有未能窺其藩籬者。是可謂章句之習。訓詁之學也。
新字:大凡聞道。亦各随禀性之高下。而有浅深耳。然非其生質通明淳正之士。則殆不易到於此。偏僻蔽昧之徒。所不能聞也。故雖用力於経術数十年。亦有未能窺其藩籬者。是可謂章句之習。訓詁之学也。
書き下し
大凡そ道を聞くこと、亦た各々禀性の高下に随ひて浅深有るのみ。然れども其の生質通明淳正の士に非ざれば、則ち殆ど此に到ること易からず。偏僻蔽昧の徒は、聞くこと能はざる所なり。故に力を経術に用ゐること数十年と雖も、亦た未だ其の藩籬を窺ふこと能はざる者有り。是れ章句の習、訓詁の学と謂ふべきなり。
現代語訳
およそ道を聞き知ることは、それぞれ生まれつきの性質の高い低いによって、浅い深いがあるだけです。しかし、生まれつき聡明で純正な人でなければ、ほとんどここに到るのは容易ではありません。偏って暗い者には聞き知ることができません。だから経書の学問に数十年力を注いでも、まだその垣根さえのぞけない者がいます。これは章句を習うだけの学、字句の注釈だけの学というべきものです。
解説
長く経書を学んでも道の入口にも立てない人がいるのは、字句の解釈に終始しているからだ、と益軒は言います。「章句の習、訓詁の学」は、朱子学が漢唐の注釈学を批判するときの決まった言い方です。資質の差を認めつつも、学び方の誤りを問題にしている点が大切です。今の学びでも、知識の量や資格の数と、物事の筋を本当に理解していることとは別物です。何年も学んでいるのに腑に落ちない感覚があるなら、学び方を見直す合図かもしれません。
この章句が説くこと
道学問訓詁資質理解
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