慎思録 / 巻之六
愼始則無悔于終。苟欲無悔乎終。須要愼始。愼始之道。在乎克念而已。葢克念。則無輕卒急遽之過。凡事之過誤。因不克念而輕卒早决也。
新字:慎始則無悔于終。苟欲無悔乎終。須要慎始。慎始之道。在乎克念而已。葢克念。則無軽卒急遽之過。凡事之過誤。因不克念而軽卒早決也。
書き下し
始めを慎めば則ち終はりに悔い無し。苟も終はりに悔い無からんと欲せば、須らく始めを慎むことを要すべし。始めを慎むの道は、克念に在るのみ。蓋し克念すれば、則ち軽卒急遽の過ち無し。凡そ事の過誤は、克念せずして軽卒早決するに因るなり。
現代語訳
始めを慎めば、終わりに悔いはありません。終わりに悔いを残したくないなら、始めを慎まなければなりません。始めを慎む方法は、よく思うこと(克念)にあります。よく思えば、軽率で慌ただしい過ちはありません。およそ物事の過ちは、よく思わずに軽はずみに早く決めてしまうことから生まれるのです。
解説
物事の終わりに悔いを残さない鍵は、始めによく考えることにあると説いた短い条です。「克念」は『書経』多方篇の「惟れ狂も克く念へば聖と作る」に由来し、よく思いを致すことを言います。『慎思録』という書名そのものがこの考えを体現しており、益軒は思うことを学問と修身の要としました。仕事で後から手戻りが生じるのは、たいてい最初の判断を急いだときです。決める前にひと呼吸置く習慣が、多くの失敗を防ぎます。
この章句が説くこと
思慎み克念始め判断
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