慎思録 / 巻之六
然天下與人談論於義理。其人昏昧粗俗。或學術偏陋。執其所見。而不服吾言。是所謂有爭氣者。可勿共論。不可與言。而共言者也。然而與之抗論。非智者之事也。且人之見識。各有異趣。難槩乎使彼從己。姑任人之所見而可也。勿與彼爭論同異。伊川曰。大率言語。須是含畜而有餘意。薛敬軒曰。辭婉能動人。古人曰。遇人唯說三分之話。未可全抛十分志。此皆可以爲說人之法。
新字:然天下与人談論於義理。其人昏昧粗俗。或学術偏陋。執其所見。而不服吾言。是所謂有争気者。可勿共論。不可与言。而共言者也。然而与之抗論。非智者之事也。且人之見識。各有異趣。難槩乎使彼従己。姑任人之所見而可也。勿与彼争論同異。伊川曰。大率言語。須是含畜而有余意。薛敬軒曰。辞婉能動人。古人曰。遇人唯説三分之話。未可全抛十分志。此皆可以為説人之法。
書き下し
然るに天下に人と義理を談論す。其の人昏昧粗俗、或は学術偏陋にして、其の見る所を執りて、吾が言に服せず。是れ所謂争気有る者なり。共に論ずること勿かるべし。与に言ふべからずして共に言ふ者なり。然り而して之と抗論するは、智者の事に非ざるなり。且つ人の見識は、各異趣有り。概して彼をして己に従はしむること難し。姑く人の見る所に任せて可なり。彼と同異を争論すること勿かれ。伊川曰く、大率言語は、須らく是れ含畜して余意有るべしと。薛敬軒曰く、辞婉なれば能く人を動かすと。古人曰く、人に遇へば唯だ三分の話を説け、未だ全くは十分の志を抛つべからずと。此れ皆以て人に説くの法と為すべし。
現代語訳
さて世の中で人と道理について語り合うとき、相手が愚かで粗野だったり、学問が偏っていたりして、自分の見解に固執し、こちらの言葉に従わないことがあります。これがいわゆる「争う気がある者」です。一緒に論じてはいけません。ともに語るべきでない相手とともに語ることになります。そういう相手と言い争うのは、賢い人のすることではありません。そのうえ人の見識はそれぞれ趣が違い、おしなべて相手を自分に従わせることは難しいのです。ひとまず相手の見解に任せておけばよく、相手と違いを言い争ってはいけません。伊川は「おおよそ言葉は、含みを持たせて余韻を残すべきだ」と言い、薛敬軒は「言葉が穏やかであれば人を動かせる」と言いました。古人は「人に会ってはただ三分の話をせよ、十分の思いをすべて投げ出してはならない」と言いました。これらはみな人に説くときの手本とすべきです。
解説
この章句が説くこと
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