慎思録 / 巻之六
明道毎與門人講論。有不合者。則曰。更有商量。伊川則直曰。不然。竊謂。明道之言。似巽與之言。其言婉。則能可動人。雖衆人亦易從。伊川之言。似法語之言。其言嚴。則能畏伏於人。敎戒子弟。宜如此。然法語之言。率非君子。則悅之者鮮矣。古人曰。唯善人而能納善言者。以此也。
新字:明道毎与門人講論。有不合者。則曰。更有商量。伊川則直曰。不然。窃謂。明道之言。似巽与之言。其言婉。則能可動人。雖衆人亦易従。伊川之言。似法語之言。其言厳。則能畏伏於人。教戒子弟。宜如此。然法語之言。率非君子。則悦之者鮮矣。古人曰。唯善人而能納善言者。以此也。
書き下し
明道、門人と講論する毎に、合はざる者有れば、則ち曰く、更に商量有らんと。伊川は則ち直ちに曰く、然らずと。窃かに謂へらく、明道の言は、巽与の言に似たり。其の言婉なれば、則ち能く人を動かすべし。衆人と雖も亦従ひ易し。伊川の言は、法語の言に似たり。其の言厳なれば、則ち能く人を畏伏せしむ。子弟を教戒するには、宜しく此くの如くすべし。然れども法語の言は、率ね君子に非ざれば、則ち之を悦ぶ者鮮し。古人曰く、唯だ善人にして能く善言を納るる者、此を以てなり。
現代語訳
程明道は門人と講論するたびに、意見が合わない者があると「さらに相談しよう」と言いました。程伊川はただちに「そうではない」と言いました。私が思うに、明道の言葉は『論語』にいう「巽与の言(穏やかに導く言葉)」に似ています。その言葉は柔らかいので人を動かすことができ、一般の人でも従いやすいのです。伊川の言葉は「法語の言(正しく戒める言葉)」に似ています。その言葉は厳しいので人を畏れ従わせることができます。子弟を教え戒めるには、このようにするのがよいでしょう。しかし法語の言葉は、おおむね君子でなければ喜ぶ者は少ないのです。古人が「ただ善い人だけが善い言葉を受け入れられる」と言ったのは、このためです。
解説
程顥(明道)と程頤(伊川)の兄弟の、門人への応じ方の違いを比べた条です。「法語の言」と「巽与の言」は『論語』子罕篇の語で、正面から戒める言葉と、穏やかに寄り添う言葉を指します。益軒は両者の効用を認めつつ、厳しい言葉は受け手を選ぶと見ています。部下や子どもを指導するとき、正論をそのまま告げるか、相手が考える余地を残すか。相手の器量に合わせて言葉を選ぶことが、伝える側の工夫です。
この章句が説くこと
教え言葉程明道程伊川指導
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