慎思録 / 巻之六
人自揜其不善。而著其善。掩其拙陋。而顯其才能。雖一時欺人。然後人終知其非是。而不能掩之。可恥之甚也。然則何益矣。太甲曰。弗克于厥初。圖惟厥終。馮異亦謂。失之東隅。收之桑楡。夫少壯固宜戒。晩節最可愼。所以保終也。
新字:人自揜其不善。而著其善。掩其拙陋。而顕其才能。雖一時欺人。然後人終知其非是。而不能掩之。可恥之甚也。然則何益矣。太甲曰。弗克于厥初。図惟厥終。馮異亦謂。失之東隅。収之桑楡。夫少壮固宜戒。晩節最可慎。所以保終也。
書き下し
人自ら其の不善を揜ひて、其の善を著し、其の拙陋を掩ひて、其の才能を顕す。一時人を欺くと雖も、然れども後に人終に其の是に非ざるを知りて、之を掩ふこと能はず。恥づべきの甚だしきなり。然らば則ち何の益かあらん。太甲曰く、厥の初めに克たずとも、惟れ厥の終はりを図れと。馮異も亦謂ふ、之を東隅に失ひ、之を桑楡に収むと。夫れ少壮は固より宜しく戒むべし。晩節は最も慎むべし。終はりを保つ所以なり。
現代語訳
人は自分の悪いところを覆い隠して良いところを目立たせ、拙いところを隠して才能を見せびらかします。一時は人を欺けても、後には人がついにそれが正しくないと知り、隠しおおせません。これはきわめて恥ずべきことです。そうだとすれば何の益があるでしょうか。太甲は「初めにうまくいかなくても、終わりをよくすることを図れ」と言い、馮異もまた「東の隅で失ったものを、桑楡(夕暮れ)に取り返す」と言いました。若いうちはもちろん戒めるべきですが、晩年こそ最も慎むべきです。それが終わりを全うするゆえんです。
解説
取り繕いは長続きしないこと、そして人生の終わりこそ慎むべきことを説いた条です。太甲の言葉は『書経』太甲中篇、馮異の「東隅に失ひ桑楡に収む」は『後漢書』馮異伝に出る光武帝の言葉として知られます。この書を晩年に記した益軒にとって、晩節を保つことは切実な主題でした。見栄で自分を大きく見せてもいずれ知られます。遅れを取り戻す機会はいつでもあり、終わりまで気を抜かない姿勢が信頼を育てます。
この章句が説くこと
晩節誠慎み見栄取り返す
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