慎思録 / 巻之六
面前而譽者。近佞諛。退背而譽之。則其人必喜且感深。向面而毀者。近忠直。退背而毀。則其人必怒且怨深。退後之言可不愼乎。晉宣帝戒子弟曰。盛滿者。道家之所忌。愚謂。是豈道家之所專忌乎。吾聖人之所最忌也。易曰。亢龍有悔。又曰。天道虧盈而益謙。地道變盈而流謙。鬼神害盈而福謙。人道惡盈而好謙。書曰。滿招損謙受益。家語孔子答子路戒盈滿曰。損之又損之。凡聖賢之戒盈滿者。不可枚擧。豈特道家之所忌而巳耶。
新字:面前而誉者。近佞諛。退背而誉之。則其人必喜且感深。向面而毀者。近忠直。退背而毀。則其人必怒且怨深。退後之言可不慎乎。晋宣帝戒子弟曰。盛満者。道家之所忌。愚謂。是豈道家之所専忌乎。吾聖人之所最忌也。易曰。亢竜有悔。又曰。天道虧盈而益謙。地道変盈而流謙。鬼神害盈而福謙。人道悪盈而好謙。書曰。満招損謙受益。家語孔子答子路戒盈満曰。損之又損之。凡聖賢之戒盈満者。不可枚挙。豈特道家之所忌而巳耶。
書き下し
面前にして誉むる者は、佞諛に近し。退きて背に之を誉むれば、則ち其の人必ず喜び且つ感ずること深し。面に向かひて毀る者は、忠直に近し。退きて背に毀れば、則ち其の人必ず怒り且つ怨むこと深し。退きて後の言、慎まざるべけんや。晋の宣帝、子弟を戒めて曰く、盛満は道家の忌む所なりと。愚謂へらく、是れ豈に道家の専ら忌む所ならんや、吾が聖人の最も忌む所なり。易に曰く、亢龍悔有りと。又曰く、天道は盈を虧きて謙に益し、地道は盈を変じて謙に流し、鬼神は盈を害して謙に福し、人道は盈を悪みて謙を好むと。書に曰く、満は損を招き、謙は益を受くと。家語に孔子、子路に答へて盈満を戒めて曰く、之を損し又之を損すと。凡そ聖賢の盈満を戒むる者は、枚挙すべからず。豈に特だ道家の忌む所のみならんや。
現代語訳
面と向かって褒めるのはへつらいに近いものです。その場を離れてから陰で褒めれば、その人は必ず喜び、深く感じ入ります。面と向かって悪く言うのは忠実で率直なことに近いものです。その場を離れてから陰で悪く言えば、その人は必ず怒り、深く恨みます。陰で言う言葉は慎まなければなりません。晋の宣帝(司馬懿)は子弟を戒めて「満ち足りることは道家の忌むところだ」と言いました。私が思うに、これはどうして道家だけが忌むことでしょうか。わが聖人こそ最も忌むことです。『易経』に「のぼりつめた竜には悔いがある」とあり、また「天の道は満ちたものを欠いて謙虚なものを増し、地の道は満ちたものを変えて謙虚なものへ流し、鬼神は満ちたものに災いして謙虚なものに福を与え、人の道は満ちたものを憎んで謙虚なものを好む」とあります。『書経』には「満ちれば損を招き、謙虚であれば益を受ける」とあります。『孔子家語』で孔子は子路に答えて満ちることを戒め、「これを減らし、さらに減らす」と言いました。聖賢が満ちることを戒めた言葉は数えきれません。どうして道家だけが忌むことでしょうか。
解説
この章句が説くこと
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