慎思録 / 巻之六
葛覃詩云。言告師氏。毛傳曰。言我也。鄭箋孔疏皆從之。朱子詩傳曰。言辭也。劉安成曰。如言采言念。薄言駕之類。言字皆語辭也。自是以下諸詩中。言字古註疏皆爲我字而說。朱傳則不然無爲我字而說者。邶風泉水詩曰。駕言出遊。以寫我憂。古註疏及朱傳皆無解。葢令做前解也。然則言字據朱傳。則都可做語辭。不可爲我字而說。
新字:葛覃詩云。言告師氏。毛伝曰。言我也。鄭箋孔疏皆従之。朱子詩伝曰。言辞也。劉安成曰。如言采言念。薄言駕之類。言字皆語辞也。自是以下諸詩中。言字古註疏皆為我字而説。朱伝則不然無為我字而説者。邶風泉水詩曰。駕言出遊。以写我憂。古註疏及朱伝皆無解。葢令做前解也。然則言字拠朱伝。則都可做語辞。不可為我字而説。
書き下し
葛覃の詩に云ふ、言に師氏に告ぐと。毛伝に曰く、言は我なりと。鄭箋・孔疏皆之に従ふ。朱子の詩伝に曰く、言は辞なりと。劉安成曰く、言采・言念、薄言・駕の類の如き、言の字は皆語辞なりと。是より以下の諸詩の中、言の字は古註疏皆我の字と為して説く。朱伝は則ち然らず、我の字と為して説く者無し。邶風泉水の詩に曰く、駕言出遊し、以て我が憂ひを写くと。古註疏及び朱伝皆解無し。蓋し前解に倣はしむるなり。然らば則ち言の字は朱伝に拠れば、則ち都て語辞と做すべく、我の字と為して説くべからず。
現代語訳
『詩経』葛覃の詩に「言に師氏に告ぐ」とあります。毛伝は「言は我である」と言い、鄭玄の箋も孔穎達の疏もこれに従っています。朱子の『詩集伝』は「言は語辞(調子を整える字)である」と言います。劉安成は「言采・言念・薄言・駕などの類の言の字は、みな語辞である」と述べています。これより後の諸篇でも、古い注疏は言の字をみな「我」の意味として説いていますが、朱子の伝はそうではなく、我の字として解したものはありません。邶風泉水の詩に「駕言出遊し、以て我が憂いを写く」とありますが、古い注疏も朱伝もここには解釈をつけていません。思うに前の解釈にならわせているのでしょう。そうであれば、言の字は朱伝に従えばすべて語辞とみなすべきで、我の字として解釈してはいけません。
解説
この章句が説くこと
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