荀子 / 大略篇
國風之好色也,傳曰:「盈其欲而不愆其止。其誠可比於金石,其聲可內於宗廟。」小雅不以於汙上,自引而居下,疾今之政以思往者,其言有文焉,其聲有哀焉。
新字:国風之好色也,伝曰:「盈其欲而不愆其止。其誠可比於金石,其声可內於宗廟。」小雅不以於汙上,自引而居下,疾今之政以思往者,其言有文焉,其声有哀焉。
書き下し
国風の色を好むや、伝に曰く、「其の欲を盈(み)たして其の止(とど)まるを愆(あやま)らず。其の誠は金石に比すべく、其の声は宗廟に内(い)るべし」と。小雅は汙上(をじょう)に用ゐられず、自ら引きて下に居り、今の政を疾(にく)みて以て往者を思ふ。其の言に文(あや)有り、其の声に哀しみ有り。
現代語訳
詩経の国風が男女の情愛を歌うことについて、古伝は言う。「その情欲を満たしながらも、とどまるべき節度を踏み外さない。その真情は金や石のように堅固であり、その調べは宗廟の祭りに用いてよいほど正しい」と。小雅の詩人は汚れた君主に用いられず、自ら身を引いて下位に留まり、今の政治を憎んで昔の善政を慕った。その言葉には美しい文彩があり、その調べには哀しみがこもっている。
解説
詩経の二つの部分、民間の恋歌である国風と、士人の嘆きである小雅について、荀子が評価を述べた一段です。国風は男女の情を率直に歌いますが、荀子はそれを退けません。欲を殺すのではなく、欲を満たしながらも越えてはならない一線を守っている、そこが尊いと言うのです。だから祭りの場で歌っても恥ずかしくない、と。小雅については、汚れた政治に加担せず自ら身を引き、今を憎み昔を思う、その哀しみのこもった調べを認めます。荀子の礼の思想は、感情を否定するものではなく、感情に適切な形を与えるものだということが、ここによく表れています。私たちも欲や不満を無理に押し殺すのではなく、どこで踏みとどまるか、どう表現するかを整えることで、感情は人を汚さず、むしろ豊かにしてくれます。