呻吟語 / 外篇・治道・民の父母
《詩》云:「樂只君子,民之父母。」又曰:「豈弟君子,民之父母。」君子觀於《詩》而知為政之道矣。
新字:《詩》云:「楽只君子,民之父母。」又曰:「豈弟君子,民之父母。」君子観於《詩》而知為政之道矣。
書き下し
『詩』に云ふ、「樂しき君子は、民の父母」と。又た曰く、「豈弟の君子は、民の父母」と。君子は『詩』に觀て、政を為すの道を知るなり。
現代語訳
詩経に言う、楽しい君子は民の父母である、と。また言う、和らぎ楽しむ君子は民の父母である、と。君子は詩を見て、政治を行う道を知ります。
解説
詩経の二句を並べ、どちらも君子を民の父母と呼ぶ前に、楽しい、和らぎ楽しむと形容していることに注目します。厳しさでも威厳でもなく、和やかさが父母たる条件として置かれているわけです。前に出てきた、父母が赤子に向ける気持ちが長たる道理だという段と組になっており、こちらは経文から同じ結論を引き出しています。
この章句が説くこと
詩経豈弟父母和やか条件
関連する章句
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荀子・宥坐篇詩に曰く、「彼の日月を瞻(み)れば、悠悠たり我が思い。道の云(ここ)に遠き、曷(いつ)か云に能く来たらん」と。子曰く、「伊(そ)れ稽首(けいしゅ)せば、其れ来たること有らざらんや」と。
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孔子家語・論禮子夏、孔子に侍坐して曰わく、「敢えて問う、詩に云う、『愷悌の君子は、民の父母』と。何如なれば斯れ民の父母と謂うべきか。」孔子曰わく、「夫れ民の父母は、必ず礼楽の源に達し、以て五至を致し三無を行い、以て天下に横たわる。四方に敗有れば、必ず先んじてこれを知る。此れを民の父母と謂う。」
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論語・八佾篇『関雎』は楽しくして淫せず、哀しくして傷(やぶ)らず。
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荀子・大略篇国風の色を好むや、伝に曰く、「其の欲を盈(み)たして其の止(とど)まるを愆(あやま)らず。其の誠は金石に比すべく、其の声は宗廟に内(い)るべし」と。小雅は汙上(をじょう)に用ゐられず、自ら引きて下に居り、今の政を疾(にく)みて以て往者を思ふ。其の言に文(あや)有り、其の声に哀しみ有り。
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呂氏春秋・先己④詩に曰く、「轡を執ること組の如し。」孔子曰く、「此の言を審らかにすれば、以て天下を為む可し。」子貢曰く、「何ぞ其れ躁なるや。」孔子曰く、「其の躁なるを謂うに非ざるなり。其の之を此に為めて、文を彼に成すを謂えるなり。」聖人は其の身を組修して、文を天下に成す。故に子華子曰く、「丘陵成りて、穴する者安んじ、深淵成りて魚鱉安んじ、松柏成りて塗の人已に蔭せらる。」
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