慎思録 / 巻之五
古人以爲。地不滿東南。且謂。先天之位。艮爲山。居西北。故西北多山。兌爲澤。居東南。故東南多水。又曰。百川皆朝宗于東海。皆是以中夏地勢言之。非通論天下也。夫中夏在崑崙之東。故地勢西北高。而東南卑下。百川流入東海。只嶺南諸州。其水有入南海者。外國之散在于四方者。其地勢各不同。先儒以中夏地勢爲天下通論者。何耶。
新字:古人以為。地不満東南。且謂。先天之位。艮為山。居西北。故西北多山。兌為沢。居東南。故東南多水。又曰。百川皆朝宗于東海。皆是以中夏地勢言之。非通論天下也。夫中夏在崑崙之東。故地勢西北高。而東南卑下。百川流入東海。只嶺南諸州。其水有入南海者。外国之散在于四方者。其地勢各不同。先儒以中夏地勢為天下通論者。何耶。
書き下し
古人以為へらく、地は東南に満たず、と。且つ謂ふ、先天の位、艮は山と為りて西北に居る。故に西北に山多し。兌は沢と為りて東南に居る。故に東南に水多し、と。又曰く、百川皆東海に朝宗す、と。皆是れ中夏の地勢を以て之を言ふ。天下を通論するに非ざるなり。夫れ中夏は崑崙の東に在り。故に地勢西北高くして、東南卑下なり。百川東海に流れ入る。只嶺南の諸州のみ、其の水南海に入る者有り。外国の四方に散在する者は、其の地勢各同じからず。先儒の中夏の地勢を以て天下の通論と為す者は、何ぞや。
現代語訳
昔の人は「大地は東南が欠けて満ちていない」と考えました。また「先天八卦の配置では、艮は山であって西北にある。だから西北には山が多い。兌は沢であって東南にある。だから東南には水が多い」と言い、さらに「あらゆる川はみな東の海に注ぐ」と言いました。これらはみな中国の地勢に基づいて言ったもので、天下全体を通して論じたものではありません。中国は崑崙山の東にあります。だから地勢は西北が高く、東南が低い。あらゆる川は東の海に流れ入ります。ただ嶺南の諸州だけは、その水が南の海に入るものがあります。四方に散らばる外国は、その地勢がそれぞれ違います。先人の儒者が中国の地勢を天下の通論としたのは、なぜでしょうか。
解説
この章句が説くこと
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