茶の本 / 第三章 道教と禅道・揚子江と黄河
まず第一に記憶すべきは、道教はその正統の継承者禅道と同じく、南方シナ精神の個人的傾向を表わしていて、儒教という姿で現われている北方シナの社会的思想とは対比的に相違があるということである。中国はその広漠たることヨーロッパに比すべく、これを貫流する二大水系によって分かたれた固有の特質を備えている。揚子江と黄河はそれぞれ地中海とバルト海である。幾世紀の統一を経た今日でも南方シナはその思想、信仰が北方の同胞と異なること、ラテン民族がチュートン民族とこれを異にすると同様である。古代交通が今日よりもなおいっそう困難であった時代、特に封建時代においては思想上のこの差異はことに著しいものであった。一方の美術、詩歌の表わす気分は他方のものと全く異なったものである。老子とその徒および揚子江畔自然詩人の先駆者屈原の思想は、同時代北方作家の無趣味な道徳思想とは全く相容れない一種の理想主義である。老子は西暦紀元前四世紀の人である。
書き下し
まず第一に記憶すべきは、道教はその正統の継承者禅道と同じく、南方シナ精神の個人的傾向を表わしていて、儒教という姿で現われている北方シナの社会的思想とは対比的に相違があるということである。中国はその広漠たることヨーロッパに比すべく、これを貫流する二大水系によって分かたれた固有の特質を備えている。揚子江と黄河はそれぞれ地中海とバルト海である。幾世紀の統一を経た今日でも、南方シナはその思想、信仰が北方の同胞と異なること、ラテン民族がチュートン民族とこれを異にすると同様である。古代交通が今日よりもなおいっそう困難であった時代、特に封建時代においては、思想上のこの差異はことに著しいものであった。一方の美術、詩歌の表わす気分は他方のものと全く異なったものである。老子とその徒および揚子江畔自然詩人の先駆者屈原の思想は、同時代北方作家の無趣味な道徳思想とは全く相容れない一種の理想主義である。老子は西暦紀元前四世紀の人である。
現代語訳
まず第一に覚えておくべきは、道教はその正統の継承者である禅と同じく、南方中国の精神の個人的傾向を表しており、儒教という姿で現れた北方中国の社会的思想とは対照的に異なるということです。中国はその広さをヨーロッパに比べるべきで、これを貫いて流れる二つの大水系によって分かたれた固有の性質を備えています。長江と黄河は、それぞれ地中海とバルト海です。何世紀もの統一を経た今日でも、南方中国の思想や信仰が北方の同胞と異なるのは、ラテン民族がゲルマン民族と異なるのと同様です。古代の交通が今日よりさらに困難だった時代、とくに封建時代には、思想上のこの差はとりわけ著しいものでした。一方の美術や詩歌が表す気分は、他方とはまったく異なります。老子とその門下、および長江のほとりの自然詩人の先駆者である屈原の思想は、同時代の北方の作家の無趣味な道徳思想とはまったく相容れない一種の理想主義です。老子は紀元前四世紀の人です。
解説
この章句が説くこと
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孫子・行軍篇故に兵は益々多きを貴ぶに非ざるなり。惟だ武進する無く、以て力を併せ、敵を料り、人を取るに足るのみ。夫れ惟だ慮り無くして敵を易る者は、必ず人に擒らわる。
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孫子・地形篇我出でて不利、彼出でて不利なるを、支と曰う。支形は、敵我を利すと雖も、我出づる無きなり。引きて之を去り、敵をして半ば出でしめて之を撃てば、利あり。
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孫子・始計篇地とは、高下・遠近・険易・広狭・死生なり。
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『学問のすゝめ』初編・人間普通日用に近き実学されば今、かかる実なき学問はまず次にし、もっぱら勤むべきは人間普通日用に近き実学なり。譬えば、いろは四十七文字を習い、手紙の文言、帳合いの仕方、算盤の稽古、天秤の取扱い等を心得、なおまた進んで学ぶべき箇条ははなはだ多し。地理学とは日本国中はもちろん世界万国の風土道案内なり。究理学とは天地万物の性質を見て、その働きを知る学問なり。歴史とは年代記のくわしきものにて、万国古今の有様を詮索する書物なり。経済学とは一身一家の世帯より天下の世帯を説きたるものなり。修身学とは身の行ないを修め、人に交わり、この世を渡るべき天然の道理を述べたるものなり。
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『宋名臣言行録』後集巻四・劉敞契丹に奉使す。公素より敵の山川道里を知る。敵人道を古北口より、囘曲すること千餘里にして都河に至らしむ。公問いて曰く、松亭より柳河に趨れば甚だ直にして近く、數日ならずして中京に至る可し。何ぞ彼に道らずして此に道るかと。蓋し敵人は常に故らに其の路を迂らせ、國地の險遠を以て誇りて使者に示し、且つ其の山川を習わずと謂うなり。公の問いを虞らず。相い與に驚き顧みて羞愧し、即ち其の實を吐きて曰く、誠に公の言の如しと。時に順州の山中に異獸有り、馬の如くして虎豹を食う。敵人識らず、以て公に問う。公曰く、此れ所謂駮なりと。爲に其の形狀聲音を言う。敵人益ミ歎服す。
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『淮南子』墜形訓墬形の載する所、六合の間、四極の内、之を照らすに日月を以てし、之を經するに星辰を以てし、之を紀するに四時を以てし、之を要するに太歲を以てす。天地の間、九州八極、土に九山有り、山に九塞有り、澤に九藪有り、風に八等有り、水に六品有り。何をか九州と謂う。東南の神州を農土と曰い、正南の次州を沃土と曰い、西南の戎州を滔土と曰い、正西の弇州を並土と曰い、正中の冀州を中土と曰い、西北の台州を肥土と曰い、正北の泲州を成土と曰い、東北の薄州を隱土と曰い、正東の陽州を申土と曰う。