慎思録 / 巻之五
艸木之生。與人類動物不同。無雌雄交媾之事。但各自有種子而生焉。下其種子。則地能養之生長而已。然動物亦有相似者。如魚鼈。亦既生卵。而後其母不能伏育。惟水土之氣養之能成形。此皆與人類禽獸異。
新字:艸木之生。与人類動物不同。無雌雄交媾之事。但各自有種子而生焉。下其種子。則地能養之生長而已。然動物亦有相似者。如魚鼈。亦既生卵。而後其母不能伏育。惟水土之気養之能成形。此皆与人類禽獣異。
書き下し
草木の生ずるは、人類動物と同じからず。雌雄交媾の事無し。但各自ら種子有りて生ず。其の種子を下せば、則ち地能く之を養ひて生長するのみ。然れども動物にも亦相似たる者有り。魚鼈の如き、亦既に卵を生じて、而る後に其の母伏育すること能はず。惟水土の気之を養ひて能く形を成す。此れ皆人類禽獣と異なる。
現代語訳
草木が生まれるのは、人や動物とは違います。雌雄の交わりということがありません。ただそれぞれに種があって生まれます。その種を下ろせば、地がそれを養って成長させるだけです。しかし動物にもこれに似たものがあります。魚やスッポンなどは、卵を産んだ後、母親が抱いて育てることができません。ただ水や土の気がこれを養って形を成させます。これらはみな人や鳥獣と異なります。
解説
前に見た、人は母の胎内で育まれるという条と対になる、生物の生殖についての観察です。益軒は日本の本草学を大きく発展させた人で、『大和本草』では千三百種以上の動植物や鉱物を分類し記載しました。ここでも、草木は種から地に養われ、魚や亀は親が育てず水土の気に養われるという違いを、実地の観察に基づいて整理しています。現代の生物学から見れば、植物にも雌雄の区別がありますが、生き物のあり方をよく観察し、違いを見分けて分類しようとする姿勢は、学問の出発点そのものです。
この章句が説くこと
本草観察生物気格物
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