慎思録 / 巻之五
種木之法。東坡曰。大者不能活。小者老夫又不能待。惟擇中材。而多帶土碪者爲佳。愚謂。東坡擇中材之言固善。然種子挾枝。而待其開花結子。亦是老生涯一樂事。且身後爲人歡賞。此亦詒厥孫謀。遺愛之一事。非專爲我之計。此不可爲無益于後人。况幸天若假我數年。有待其長茂。而看花實者耶。世間待歳月之久。而成功者多矣。豈翅植木而已耶。凡事須豫早爲計。若不爲早計。則不及時多矣。
新字:種木之法。東坡曰。大者不能活。小者老夫又不能待。惟択中材。而多帯土碪者為佳。愚謂。東坡択中材之言固善。然種子挟枝。而待其開花結子。亦是老生涯一楽事。且身後為人歓賞。此亦詒厥孫謀。遺愛之一事。非専為我之計。此不可為無益于後人。況幸天若仮我数年。有待其長茂。而看花実者耶。世間待歳月之久。而成功者多矣。豈翅植木而已耶。凡事須予早為計。若不為早計。則不及時多矣。
書き下し
木を種うるの法、東坡曰く、大なる者は活くること能はず、小なる者は老夫又待つこと能はず。惟中材を択びて、多く土碪を帯ぶる者を佳しと為す、と。愚謂ふ、東坡の中材を択ぶの言は固より善し。然れども子を種ゑ枝を挟みて、其の花を開き子を結ぶを待つも、亦是れ老生涯の一楽事なり。且つ身後に人の歓賞と為る。此れも亦厥の孫謀を詒るにして、遺愛の一事なり。専ら我が為の計に非ず。此れ後人に益無しと為すべからず。况や幸ひに天若し我に数年を仮さば、其の長茂を待ちて、花実を看る者有らんをや。世間歳月の久しきを待ちて功を成す者多し。豈に翅に木を植うるのみならんや。凡そ事は須らく予め早く計を為すべし。若し早く計を為さずんば、則ち時に及ばざること多し。
現代語訳
木を植える方法について、蘇東坡は「大きな木は根づかない。小さな木は老人の私には育つのを待てない。ただ中くらいの木を選び、根に土を多くつけたものがよい」と言いました。私が思うに、東坡の中くらいの木を選ぶという言葉はもちろんよいものです。しかし種を蒔き、挿し木をして、花が咲き実がなるのを待つのも、老いた生涯の一つの楽しみです。しかも死んだ後には人に喜ばれ愛でられます。これもまた子孫のために計を残すことで、愛を後に遺す一つの事です。ひたすら自分のための計らいではありません。これを後の人に益がないとすることはできません。まして幸いに天が私にあと数年を貸してくれれば、その成長を待って花や実を見ることもあるでしょう。世の中には長い年月を待って成し遂げることが多いのです。どうして木を植えることだけでしょうか。およそ物事は前もって早く計画を立てなければなりません。もし早く計画を立てなければ、時に間に合わないことが多いのです。
解説
この章句が説くこと
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