慎思録 / 巻之五
聲色臭味之悅人之耳目口鼻者。多而不可枚陳。君子取其雅正而淡薄者。而以養其身。所以無損而有益。且求之易得也。小人取其不正而濃厚者。以逞其欲。所以有損而無益。且求之難得也。
新字:声色臭味之悦人之耳目口鼻者。多而不可枚陳。君子取其雅正而淡薄者。而以養其身。所以無損而有益。且求之易得也。小人取其不正而濃厚者。以逞其欲。所以有損而無益。且求之難得也。
書き下し
声色臭味の人の耳目口鼻を悦ばしむる者は、多くして枚陳すべからず。君子は其の雅正にして淡薄なる者を取りて、以て其の身を養ふ。損無くして益有る所以なり。且つ之を求めて得易し。小人は其の不正にして濃厚なる者を取りて、以て其の欲を逞しくす。損有りて益無き所以なり。且つ之を求めて得難し。
現代語訳
音や色、香りや味で人の耳目口鼻を喜ばせるものは、多すぎて数え上げることができません。君子はその中で雅やかで正しく、淡泊なものを選んで身を養います。だから損がなくて益があるのです。しかもそれは求めて得やすいのです。小人はその中で正しくなく濃厚なものを選んで、欲をほしいままにします。だから損があって益がないのです。しかもそれは求めて得にくいのです。
解説
前に見た、好むことは正しく過不足なくという条の続きです。益軒は、淡く正しい楽しみは身を損なわず、しかも手に入れやすいという、実に実際的な利点を指摘します。濃厚な美食や刺激的な娯楽は、体を損ない、しかもお金も手間もかかります。『養生訓』で益軒は、淡泊な食事を勧め、欲を控えることを長寿の道としました。散歩、読書、季節の移ろい、素朴な食事。手近で淡い楽しみを味わえる人は、心身ともに健やかで、しかも満たされやすい。幸福のコストを考えさせる一条です。
この章句が説くこと
淡泊養生欲楽節度
関連する章句
-
『酔古堂剣掃』集法・淡泊も太だ枯るれば憂勤は是れ美德なるも、太だ苦しければ則ち以て性に適ひ情を怡ばしむる無し。淡泊は是れ高風なるも、太だ枯るれば則ち以て人を濟ひ物を利する無し。
-
『呻吟語』内篇・談道・淡に非ざれば道は入らず道は淡に非ざれば入らず、靜に非ざれば進まず、冷に非ざれば凝らず。
-
『呻吟語』内篇・修身・乾燥と脂韋恬淡老成の人は又た俯仰する能はず、一世便ち乾燥を覺ゆ。圓和甘潤の人は又た把持する能はず、一身便ち脂韋を覺ゆ。
-
『呻吟語』内篇・談道・羶に依り腥に附く底の人冷淡の中に無限の受用の處有り。都て炎熱に戀戀とし、死に抵るまで悟らず。既に悟るも回頭するを知らず、既に回頭するも卻って又た羨慕す。此れは是れ一種の羶に依り腥に附く底の人なり。切に與に真の滋味を談ずる莫かれ。
-
『慎思録』巻之三君子の娯楽や、常に閑淡を好む。中庸に曰く、君子の道は、淡にして厭はず、と。蓋し閑淡を楽しめば、則ち久しくして厭はず、且つ余味有り。閙濃を楽しめば、則ち久しからずして厭ひ、亦余味無し。况んや楽しみを好みて荒めば、則ち楽しみ未だ尽きずして、憂ひ既に生ずるをや。
-
『慎思録』巻之六書に曰く、王敬して所と作すと。往くとして敬に居らざること無きを言ふなり。学者常に当に此くの如くすべし。又須らく楽を以て所と作すべし。則ち動静語黙、出入起居、往くとして楽に居らざること無し。須らく敬と楽と並び行はれて相悖らずして可なり。然り而して敬を先にして楽を後にすべし。苟も敬せずして楽を先にすれば、則ち必ず流れて放縦と為る。年老いて外事無き者は、楽を以て所と作すことを忘れざるべし。蓋し従容悠緩は、是れ老年の宜なり。然り而して詩に曰く、楽しみを好むも荒むこと勿かれ、良士は瞿瞿たりと。