慎思録 / 巻之五
白樂天詩稱李杜曰。吟咏流千古。聲名動四夷。韓退之詩曰。李杜文章在。光焔萬丈長。愚謂。李杜詩名極高如此。然杜詩曰。文章眞小技。於道未得尊。是杜自言也。湯東澗詩亦云。文章於道未爲尊。詩於文章又一塵。然則得詩名。比之文名。亦益爲下也。方玄英詩曰。吟成五箇字。用破一生心。誠哉是言也。風雅之士。雖與俗流不同。然而詩賦者非君子之所汲汲。若以此爲平生之工夫。於道所不尊也。
新字:白楽天詩称李杜曰。吟咏流千古。声名動四夷。韓退之詩曰。李杜文章在。光焔万丈長。愚謂。李杜詩名極高如此。然杜詩曰。文章真小技。於道未得尊。是杜自言也。湯東澗詩亦云。文章於道未為尊。詩於文章又一塵。然則得詩名。比之文名。亦益為下也。方玄英詩曰。吟成五箇字。用破一生心。誠哉是言也。風雅之士。雖与俗流不同。然而詩賦者非君子之所汲汲。若以此為平生之工夫。於道所不尊也。
書き下し
白楽天の詩に李杜を称して曰く、吟詠千古に流れ、声名四夷を動かす、と。韓退之の詩に曰く、李杜の文章在り、光焔万丈長し、と。愚謂ふ、李杜の詩名極めて高きこと此くの如し。然れども杜詩に曰く、文章は真に小技、道に於て未だ尊きを得ず、と。是れ杜の自ら言ふなり。湯東澗の詩にも亦云ふ、文章は道に於て未だ尊しと為さず、詩は文章に於て又一塵、と。然らば則ち詩名を得るは、之を文名に比すれば、亦益下と為すなり。方玄英の詩に曰く、吟じて五箇の字を成し、用ひ破る一生の心、と。誠なるかな是の言や。風雅の士は、俗流と同じからずと雖も、然り而して詩賦は君子の汲汲とする所に非ず。若し此を以て平生の工夫と為さば、道に於て尊ばざる所なり。
現代語訳
白楽天の詩で李白と杜甫をたたえて「その詩は千古に流れ、名声は四方の異国まで動かす」と言いました。韓退之の詩には「李白と杜甫の文章があり、その光は万丈も長い」とあります。私が思うに、李白・杜甫の詩名はこのようにきわめて高いものです。しかし杜甫の詩に「文章はまことに小さな技で、道においてはまだ尊いとは言えない」とあります。これは杜甫が自分で言っているのです。湯東澗の詩にも「文章は道においてまだ尊いとは言えず、詩は文章の中でさらに一つの塵にすぎない」とあります。そうであれば、詩名を得ることは、文名に比べてもさらに下なのです。方玄英の詩に「五文字を吟じ成すために、一生の心を使い果たす」とあります。まことにこの言葉のとおりです。風雅の士は俗な者たちとは違いますが、詩賦は君子があくせくと求めるものではありません。もしこれを平生の工夫とするなら、道においては尊ばれないのです。
解説
この章句が説くこと
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