慎思録 / 巻之五
好揚人之惡。蔽人之善者。不善莫大焉。近世以道學立名之儒。不免有此病。可不省察而戒之哉。本邦書生之作詞章也。常好用詭異之文字。換却那尋常文字。習以爲常。苟不如此。則誹議以爲拙俗。近世以來最爲甚。俗尙之卑凡如此。不知欲奇巧則愈拙陋也。朱子稱。歐公三蘇文好處。只是平易說道理。初不曾使差異底字。朱子此言。可爲作文之法。
新字:好揚人之悪。蔽人之善者。不善莫大焉。近世以道学立名之儒。不免有此病。可不省察而戒之哉。本邦書生之作詞章也。常好用詭異之文字。換却那尋常文字。習以為常。苟不如此。則誹議以為拙俗。近世以来最為甚。俗尚之卑凡如此。不知欲奇巧則愈拙陋也。朱子称。欧公三蘇文好処。只是平易説道理。初不曽使差異底字。朱子此言。可為作文之法。
書き下し
好んで人の悪を揚げ、人の善を蔽ふ者は、不善焉より大なるは莫し。近世道学を以て名を立つるの儒、此の病有るを免れず。省察して之を戒めざるべけんや。本邦の書生の詞章を作るや、常に好んで詭異の文字を用ひ、那の尋常の文字を換却す。習ひて以て常と為す。苟も此くの如くならずんば、則ち誹議して以て拙俗と為す。近世以来最も甚だしと為す。俗尚の卑凡なること此くの如し。奇巧を欲すれば則ち愈拙陋なることを知らず。朱子称す、欧公・三蘇の文の好き処は、只是れ平易に道理を説きて、初めより曾て差異底の字を使はず、と。朱子の此の言、作文の法と為すべし。
現代語訳
好んで人の悪をあげつらい、人の善を覆い隠す者ほど、大きな不善はありません。近ごろ道学で名を立てる儒者は、この病を免れていません。省みて戒めずにいられましょうか。わが国の書生が詩文を作るときは、いつも好んで奇抜な文字を使い、ふつうの文字を取り換えてしまいます。それが習いとなって当たり前になっています。そうしなければ、けなして下手で俗っぽいとします。近ごろ最もひどくなっています。風俗の好みが卑しく平凡なことはこのようです。奇抜さを求めればかえってますます下手で卑しくなることを知らないのです。朱子は「欧陽公や三蘇の文章のよいところは、ただ平易に道理を説いて、初めから変わった字を使っていないことだ」とたたえました。朱子のこの言葉は、文章を作る手本とすべきです。
解説
この章句が説くこと
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