師導古典を学びたいすべての人に

慎思録 / 巻之五

好生惡死。人心之所同然也。君上有禮以率臣下。則能使所欲有甚於生。所惡有甚於死。故人皆慕守義而死。恥不義而生也。禮運所謂禮達而分定。故人皆愛其死。而患其生者。此之謂也。

新字:好生悪死。人心之所同然也。君上有礼以率臣下。則能使所欲有甚於生。所悪有甚於死。故人皆慕守義而死。恥不義而生也。礼運所謂礼達而分定。故人皆愛其死。而患其生者。此之謂也。

書き下し

生を好み死を悪むは、人心の同じく然る所なり。君上礼有りて以て臣下を率ゐれば、則ち能く欲する所生よりも甚だしき者有り、悪む所死よりも甚だしき者有らしむ。故に人皆義を守りて死するを慕ひ、不義にして生くるを恥づ。礼運に所謂、礼達して分定まる。故に人皆其の死を愛して、其の生を患ふ、といふは、此の謂なり。

現代語訳

生を好み死を憎むのは、人の心が同じくそうあるところです。君主が礼をもって臣下を率いれば、生よりも強く欲するものがあり、死よりも強く憎むものがあるようにさせることができます。だから人はみな義を守って死ぬことを慕い、義に背いて生きることを恥じるのです。『礼記』礼運篇にいう「礼が行き渡って分が定まる。だから人はみな死を大切にして、生を憂える」とは、このことを言うのです。

解説

「欲する所生よりも甚だしき者有り、悪む所死よりも甚だしき者有り」は『孟子』告子上の「魚と熊掌」の章の言葉です。益軒は、人が本来持つこの義の心を引き出すのが上に立つ者の礼だと言います。礼運篇の言葉は、礼が行き渡れば人は義にかなう死を惜しまず、不義の生をかえって憂えるという意味です。前に見た義理が心を悦ばせるという条とも響き合います。組織でも、上に立つ人が礼と筋を通していれば、人は損得を超えて誠実に働くようになります。人の良心を育てるのは、上の者の姿勢なのです。

この章句が説くこと

生死孟子君臣

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる