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翁問答 / 下卷之末

偸盜戒を義なりといへるは可なりしかれ共義は天徳の利にして、人間果斷の神理天下の故に感通して天下の務をなす本なれば不盜の粗迹一いろをもて高明廣大の義なりと云はみかみ山を富士山なりと云にことならず、邪婬戒を禮なりと云に似たり、しかれども禮は天德の亨にして、人間恭敬樽節の神理天下の故に通じて、上宗廟朝廷より下民間に至まで、人倫の交、冠婚喪祭飮食軍陳等、萬事の天理儀則を履をこなふ主宰なれば、不邪婬一色を禮なりと云は、一勺の水を大海なりと云が如し、

新字:偸盗戒を義なりといへるは可なりしかれ共義は天徳の利にして、人間果断の神理天下の故に感通して天下の務をなす本なれば不盗の粗迹一いろをもて高明広大の義なりと云はみかみ山を富士山なりと云にことならず、邪婬戒を礼なりと云に似たり、しかれども礼は天徳の亨にして、人間恭敬樽節の神理天下の故に通じて、上宗廟朝廷より下民間に至まで、人倫の交、冠婚喪祭飲食軍陳等、万事の天理儀則を履をこなふ主宰なれば、不邪婬一色を礼なりと云は、一勺の水を大海なりと云が如し、

書き下し

偸盗戒を義なりといへるは可なりしかれ共義は天徳の利にして、人間果断の神理天下の故に感通して天下の務をなす本なれば不盗の粗迹一いろをもて高明広大の義なりと云はみかみ山を富士山なりと云にことならず、邪婬戒を礼なりと云に似たり、しかれども礼は天徳の亨にして、人間恭敬樽節の神理天下の故に通じて、上宗廟朝廷より下民間に至まで、人倫の交、冠婚喪祭飲食軍陳等、万事の天理儀則を履をこなふ主宰なれば、不邪婬一色を礼なりと云は、一勺の水を大海なりと云が如し、

現代語訳

偸盗戒を義だというのはよろしい。しかし義は天徳の利であって、人間の果断の神理、天下のことに感じ通じて天下の務めをなす本であるから、盗まないという粗い形跡一色をもって高明広大な義だというのは、三上山を富士山だというのと変わらない。邪婬戒を礼だというのもそれに似ている。しかし礼は天徳の亨であって、人間の恭敬・撙節の神理であり、天下のことに通じて、上は宗廟・朝廷から下は民間に至るまで、人倫の交わり、冠婚喪祭・飲食・軍陣など万事の天理の儀則を踏み行う主宰であるから、婬をしないという一色を礼だというのは、一勺の水を大海だというようなものである。

解説

義と礼についても同じ論法が続く。藤樹は『易』の元亨利貞を用い、義は天の徳の「利」、礼は「亨」にあたると位置づける。義は物事に応じて果断に正しく処する働きの全体であり、盗まないことはその小さな一部にすぎない。礼は宗廟から民間まで、冠婚葬祭から日々の飲食まで、あらゆる場で天の理にかなう振る舞いを定めるものであり、邪婬を慎むことはその一滴にすぎない。近江富士と呼ばれる三上山を富士山と呼ぶようなものだというたとえは、近江に住んだ藤樹らしい。最低限の禁止を守ることと、徳を十分に発揮することの差を意識したい。

この章句が説くこと

義礼天徳元亨利貞偸盗戒邪婬戒

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