慎思録 / 巻之五
中華之俗。比之我邦不仁。以何言之。葢彼土之人乏軍食。則徃往殺人噉之矣。如隋朱粲。敎士卒以殺婦人嬰兒噉之。曰。肉之美者。無過於人。唐昭宗在鳳翔。朱全忠圍之。城中食盡。凍餓死者。不可勝計。或臥未死。肉既爲人所剮。市人賣人肉。斤直錢百。本邦之人。雖勇悍逾人者。何嘗至于不仁如此乎。
新字:中華之俗。比之我邦不仁。以何言之。葢彼土之人乏軍食。則往往殺人噉之矣。如隋朱粲。教士卒以殺婦人嬰児噉之。曰。肉之美者。無過於人。唐昭宗在鳳翔。朱全忠囲之。城中食尽。凍餓死者。不可勝計。或臥未死。肉既為人所剮。市人売人肉。斤直銭百。本邦之人。雖勇悍逾人者。何嘗至于不仁如此乎。
書き下し
中華の俗、之を我が邦に比すれば不仁なり。何を以て之を言ふ。蓋し彼の土の人、軍食に乏しければ、則ち往往人を殺して之を噉ふ。隋の朱粲の如き、士卒に教へて婦人嬰児を殺して之を噉はしむ。曰く、肉の美なる者、人に過ぐるは無し、と。唐の昭宗鳳翔に在り、朱全忠之を囲む。城中食尽き、凍餓して死する者、勝げて計ふべからず。或いは臥して未だ死せざるに、肉既に人の剮る所と為る。市人人肉を売り、斤ごとに直銭百なり。本邦の人は、勇悍人に逾ゆる者と雖も、何ぞ嘗て不仁此くの如きに至らんや。
現代語訳
中国の風俗は、わが国と比べると不仁です。何によってそう言うのか。そもそもあの国の人は、軍の食糧が乏しくなると、しばしば人を殺して食べました。隋の朱粲などは、兵士に教えて女性や赤子を殺して食べさせ、「肉のうまいものは人に過ぎるものはない」と言いました。唐の昭宗が鳳翔にいたとき、朱全忠がこれを包囲しました。城中の食糧が尽き、凍えと飢えで死ぬ者は数えきれませんでした。横たわってまだ死んでいないうちに、肉はすでに人に削り取られていました。市の人は人肉を売り、一斤の値は銭百文でした。わが国の人は、勇猛さが人にまさる者でも、どうしてこのような不仁に至ったことがあるでしょうか。
解説
朱粲は隋末の群雄の一人で、人を食べた残虐さが『旧唐書』などに記されています。鳳翔の包囲は唐末、朱全忠が昭宗を擁する李茂貞を攻めたもので、城内の惨状は『資治通鑑』唐紀に見えます。益軒は儒学を尊びながら、中国の歴史に記された残虐を挙げて、日本の風俗の仁を誇ります。江戸時代中期には、中国を絶対視せず日本の独自性を見直す意識が儒者の間にも芽生えていました。ただ、日本にも飢饉や戦乱の惨禍はありました。一国の最悪の例で他国を裁く見方には偏りがあることにも注意して読みたい一条です。
この章句が説くこと
仁風俗日本中華歴史
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