論語 / 憲問篇
「克、伐、怨、欲,不行焉,可以爲仁矣?」子曰:「可以爲難矣,仁則吾不知也。」
新字:「克、伐、怨、欲,不行焉,可以為仁矣?」子曰:「可以為難矣,仁則吾不知也。」
書き下し
「克・伐・怨・欲、行われずんば、以て仁と為す可きか。」子曰く、「以て難しと為す可し。仁は則ち吾知らざるなり。」
現代語訳
「人に勝とうとする心、自分の功を誇る心、人を怨む心、むさぼる心。この四つが表に出ないなら、仁と言えるでしょうか。」先生はおっしゃった。「難しいことだとは言える。仁かどうかは、私には分からない。」
解説
四つの悪い衝動を抑えている状態を、孔子は仁と認めなかった。難しいことではある、とだけ言う。抑えることと、無いことは違うという含みである。さらに言えば、仁は抑制ではなく積極的な働きだという立場が透けている。何かをしないことの積み重ねでは、仁には届かない。この区別は実務でも効く。不祥事を起こさない、規則を破らない、迷惑をかけない。どれも大切だが、それだけでは価値を生まない。しないことのリストが長い組織は、安全だが何も起こらない。孔子が「難しいとは言える」と一定の評価を与えたうえで、仁とは別だと線を引いたのは、抑制の価値を認めつつ、それを到達点にさせないためだろう。
この章句が説くこと
信頼仁言行一致抑制克伐怨欲コミットメント
関連する章句
-
論語・郷党篇食は精を厭わず、膾は細きを厭わず。食の饐して餲せると、魚の餒れて肉の敗れたるとは、食らわず。色悪しきは食らわず、臭悪しきは食らわず。飪を失えるは食らわず、時ならざるは食らわず。割正しからざるは食らわず、其の醬を得ざれば食らわず。肉は多しと雖も、食気に勝たしめず。唯だ酒は量無きも、乱に及ばず。沽える酒と市える脯とは食らわず。薑を撤てて食らい、多くは食らわず。公に祭れば、肉を宿さず。祭肉は三日を出ださず。三日を出ずれば、之を食らわず。食らうに語らず、寝ぬるに言わず。疏食菜羹瓜と雖も祭れば、必ず斉如たり。
-
論語・里仁篇子曰わく、古者は言を出さざるは、躬の逮ばざるを恥ずればなり。
-
『十七条憲法』第九条九に曰わく、信は是れ義の本(もと)なり。事毎(ごと)に信有れ。其れ善悪成敗(ぜんあくじょうはい)は、要(かなら)ず信に在り。群臣(ぐんしん)共に信有らば、何事(なにごと)か成らざらん。群臣信無くんば、萬事(ばんじ)悉(ことごと)く敗(やぶ)れん。
-
論語・公冶長篇或るひと曰く、『雍は仁にして佞(べん)ならず。』子曰く、『佞を何に用いん。人に禦(ふせ)ぐに口給を以てすれば、屢々人に憎まる。不仁を知らずして、焉んぞ佞を用いん。』
-
論語・憲問篇子曰わく、その言の怍(はじ)ざるは、これを為すこと難し。
-
論語・子路篇子貢問いて曰く、「何如なれば斯れ之を士と謂う可き。」子曰く、「己を行うに恥有り、四方に使いして、君命を辱めざる、士と謂う可し。」曰く、「敢えて其の次を問う。」曰く、「宗族孝を称し、郷党弟を称す。」曰く、「敢えて其の次を問う。」曰く、「言必ず信、行必ず果、硜硜然たる小人なるかな。抑々亦た以て次と為す可し。」曰く、「今の政に従う者は何如。」子曰く、「噫、斗筲の人、何ぞ算うるに足らんや。」