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慎思録 / 巻之五

聖賢言誠字。有以人之實心言者。有以天地鬼神之實理言者。李邦直解誠字曰。不欺之謂誠。此只解得實心。所謂思誠者。人之道也。於實理。則爲說不去。程子改解曰。無妄之謂誠。所謂誠者。天之道也。此通實心實理說之也。可謂精當也。

新字:聖賢言誠字。有以人之実心言者。有以天地鬼神之実理言者。李邦直解誠字曰。不欺之謂誠。此只解得実心。所謂思誠者。人之道也。於実理。則為説不去。程子改解曰。無妄之謂誠。所謂誠者。天之道也。此通実心実理説之也。可謂精当也。

書き下し

聖賢の誠の字を言ふ、人の実心を以て言ふ者有り、天地鬼神の実理を以て言ふ者有り。李邦直、誠の字を解して曰く、欺かざる之を誠と謂ふ、と。此れ只実心を解し得たり。所謂之を誠にするは、人の道なり、といふものなり。実理に於ては、則ち説き去らず。程子改めて解して曰く、無妄之を誠と謂ふ、と。所謂誠は、天の道なり、といふものなり。此れ実心実理に通じて之を説くなり。精当と謂ふべし。

現代語訳

聖賢が誠の字を言うとき、人のまことの心として言うものもあれば、天地や鬼神のまことの理として言うものもあります。李邦直は誠の字を解釈して「欺かないことを誠という」と言いました。これはただ、まことの心を解釈できただけです。いわゆる「これを誠にするのは人の道である」というものです。まことの理については説き及んでいません。程子は改めて解釈して「偽りのないことを誠という」と言いました。いわゆる「誠は天の道である」というものです。これはまことの心とまことの理の両方に通じて説いたものです。精しく妥当と言うべきです。

解説

『中庸』第二十章に「誠は天の道なり、之を誠にするは人の道なり」とあり、『孟子』離婁上では「之を誠にする」が「誠を思ふ」となっています。李邦直は北宋の李清臣で、誠を「不欺」と解しました。程頤はこれを「無妄」と改め、朱子も『中庸章句』で「真実無妄」と注しました。欺かないというのは人の心構えにとどまりますが、無妄は天地の運行そのものの偽りなさまで含みます。自分の誠実さも、単に嘘をつかないことを超えて、物事のありのままに即して生きることだと考えると、より深い意味を持ちます。

この章句が説くこと

無妄中庸実理程子

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