論語 / 微子篇
微子去之,箕子為之奴,比干諫而死。孔子曰:殷有三仁焉。
書き下し
微子これを去り、箕子これに為に奴となり、比干諫めて死す。孔子曰わく、殷に三仁有り。
現代語訳
暴君に仕えず退いた者、奴隷となって民を救った者、命を賭して諫めた者。三人とも仁者である。
解説
誠実さの表し方は一つではない、という話です。組織が道を外れた時、微子のように潔く身を引く人、箕子のように留まって苦難を耐え機会を待つ人、比干のように命を懸けて諫める人がいます。三者三様の行動ですが、孔子はこの三人をいずれも「仁」の人と讃えました。家庭でも同じで、親のやり方に納得できない時、家を出る子、我慢して見守る子、正面から意見する子がいます。どれが正しいと決めつけず、それぞれの中にある誠実な思いを汲み取る目を持ちたいものです。表面のふるまいだけでなく、その奥にある心を見る大切さを教えてくれる章句です。
この章句が説くこと
仁勇気退く
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