慎思録 / 巻之五
胡氏傳曰。凡亂臣賊子。畜無君之心者。必先剪其所忌。而後動其惡。篤信曰。若本邦北條義時之於畠山重忠。朝鮮李氏之於鄭夢周。葢先剪其所忌者也。
新字:胡氏伝曰。凡乱臣賊子。畜無君之心者。必先剪其所忌。而後動其悪。篤信曰。若本邦北条義時之於畠山重忠。朝鮮李氏之於鄭夢周。葢先剪其所忌者也。
書き下し
胡氏伝に曰く、凡そ乱臣賊子の、無君の心を畜ふ者は、必ず先づ其の忌む所を剪りて、而る後に其の悪を動かす、と。篤信曰く、本邦の北条義時の畠山重忠に於ける、朝鮮の李氏の鄭夢周に於けるが若き、蓋し先づ其の忌む所を剪る者なり。
現代語訳
『胡氏伝』に「およそ乱臣賊子で、君をないがしろにする心を抱く者は、必ずまず自分の忌みはばかる人を除いてから、その悪を行う」とあります。私篤信が言います。わが国の北条義時が畠山重忠に対してしたこと、朝鮮の李氏が鄭夢周に対してしたことは、まずその忌みはばかる者を除いたものです。
解説
『胡氏伝』は南宋の胡安国が著した『春秋』の注釈で、朱子学の時代に重んじられました。畠山重忠は鎌倉幕府の御家人で、元久二年(1205年)に北条氏によって討たれました。鄭夢周は高麗末の忠臣で、1392年に李成桂の子李芳遠によって殺され、その後李氏朝鮮が建てられました。益軒は、権力を奪おうとする者は、まず邪魔になる正直な人物を除くという歴史の法則を指摘します。組織で筋を通す人が排除され始めたら、それは大きな不正の前触れかもしれません。
この章句が説くこと
忠臣乱臣歴史春秋権力
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