慎思録 / 巻之五
程子分別孔孟之德不同之數言。說得明辨。又說。孟子未敢便道他是聖人。然學既到聖處。夫知行可竝進。恐無偏到之理。然德未到聖處。而唯學既到聖處者。何也。程子有言。有有德之言。有造道之言。如孟子傳孔子之道。而能言之者。非有德之言。乃造道之言也。葢孟子是命世之才。能曉得孔子之道分明。且其去聖人之世。與去聖人之居。甚近矣。是以聞而知之。最親切的實。故繼述其道而不繆。程子所以言學既到聖處也。如程子。能知孟子而言之。亦庶乎造道之言矣。然學到聖處者。孔子之後。自顏曾以來。孟子一人而已矣。
新字:程子分別孔孟之徳不同之数言。説得明弁。又説。孟子未敢便道他是聖人。然学既到聖処。夫知行可並進。恐無偏到之理。然徳未到聖処。而唯学既到聖処者。何也。程子有言。有有徳之言。有造道之言。如孟子伝孔子之道。而能言之者。非有徳之言。乃造道之言也。葢孟子是命世之才。能暁得孔子之道分明。且其去聖人之世。与去聖人之居。甚近矣。是以聞而知之。最親切的実。故継述其道而不繆。程子所以言学既到聖処也。如程子。能知孟子而言之。亦庶乎造道之言矣。然学到聖処者。孔子之後。自顔曽以来。孟子一人而已矣。
書き下し
程子、孔孟の徳の同じからざるを分別するの数言は、説き得て明辨なり。又説く、孟子は未だ敢へて便ち他を是れ聖人と道はず。然れども学は既に聖処に到る、と。夫れ知行は並び進むべし。恐らくは偏り到るの理無からん。然るに徳は未だ聖処に到らずして、唯学のみ既に聖処に到る者は、何ぞや。程子言へる有り、有徳の言有り、造道の言有り、と。孟子の孔子の道を伝へて、能く之を言ふ者の如きは、有徳の言に非ず、乃ち造道の言なり。蓋し孟子は是れ命世の才にして、能く孔子の道を暁り得て分明なり。且つ其の聖人の世を去ること、聖人の居を去ること、甚だ近し。是を以て聞きて之を知ること、最も親切的実なり。故に其の道を継述して繆らず。程子の学既に聖処に到ると言ふ所以なり。程子の如き、能く孟子を知りて之を言ふ。亦造道の言に庶からん。然れども学の聖処に到る者は、孔子の後、顔曾より以来、孟子一人のみ。
現代語訳
程子が孔子と孟子の徳の違いを区別した数言は、明快に説いています。また「孟子をあえて聖人とは言わない。しかし学問はすでに聖人の境地に達している」とも説きました。そもそも知と行は並んで進むべきもので、片方だけが到達するという理はないでしょう。それなのに徳はまだ聖人の境地に達していないのに、学問だけがすでに聖人の境地に達しているのは、なぜでしょうか。程子は「有徳の言があり、造道の言がある」と言いました。孟子が孔子の道を伝えて、よく言葉にしたのは、有徳の言ではなく、造道の言なのです。孟子は世に名高い才の持ち主で、孔子の道をはっきりと悟ることができました。しかも聖人の時代からも、聖人の住まいからも、とても近かったのです。だから聞いて知ったことが最も親しく確かでした。それでその道を受け継ぎ述べて誤らなかったのです。これが程子が「学問はすでに聖人の境地に達している」と言った理由です。程子のように、孟子を知ってそれを言葉にするのも、造道の言に近いでしょう。しかし学問が聖人の境地に達した者は、孔子の後、顔回・曾子以来、孟子ただ一人です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之四夫子の時に遇はざるは、此れ当世の不幸にして、万世の幸ひと為る。朱子の当時に遇はざるが如き、故に述作する所多し。復た後世の幸ひと為すべきなり。孟子は夫子の道を伝へて謬らず。嗚呼吾が夫子は、古今天下只だ一人のみ。其の道は大中至正、純粋精微なり。夫れ賢者と雖も、偏性無きこと能はず。恐らくは其の道を伝ふること能はざらん。孟子は固より賢哲なりと雖も、未だ聖人に及ばず。何を以て能く夫子の道を伝へて謬らざること此の如きや。蓋し孟子嘗て言ふ、聖人の世を去ること、此の若く其れ未だ遠からず。聖人の居に近きこと、此の若く其れ甚だし、と。其の命世の才を以て、且つ聖人の世と聖人の居とを去ること、其の近きこと此の如し。宜なるかな、聖人の道を伝へて謬らざるや。漢唐の諸儒の如きは、雋傑の才有りと雖も、道統の伝に於て継述すること能はず。独り宋の諸君子の如きは、畧其の統を承けて、其の道を失はずと謂ふべきなり。然れども聖人の道は、大中至正、精微純粋なり。孟子の後、諸儒其の体を全備して偏無く党無きこと能はず。然らば則ち孟子没して後、聖人の道畧伝はると謂ふは則ち可なり。全く伝はると謂ふは、則ち不可なり。蓋し孟子の後、道を知る者は、二程及び朱子なり。是れ聖人の道畧伝はるなり。
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『慎思録』巻之三孔孟の教を立つるや、其の言同じからざる有りと雖も、而して其の道は即ち同じなり。孟子の言は、皆是れ孔子の道を発明する所以なり。其の同じからざる所以の者は、蓋し時然るのみ。或いは又聖賢の気象、殊ならざる能はざるなり。
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『慎思録』巻之二孔子の人を教ふるは、毎に事実の上に就きて工夫を做し、心上の工夫を説く者少なし。孟子の人を教ふるは、毎に心上に就きて工夫を做す。孟子は孔子の道を継述する者なり。何の故に其の説を立つることの同じからざること此くの如きや。曰く、聖賢の人を教ふるは、時変に随ひて人情に応じ、箇の門戸を立つること各自同じからず。然れども一道為るを害せず。蓋し孔子の時は、人心尚ほ未だ甚だしくは澆薄に至らず。其の教へを為すや、彝倫の上より説を立つ。孟子の時は人心既に壊乱す。故に心上より指示するのみ。諸侯と政を説くが如きは、将に民を塗炭の中より救はんとす。故に其の言辞直切端的なり。孔子の言は、人を教ふるの正道にして是れ経為り。孟子の言は、時を救ふの急務にして是れ権為り。同じからざる所以なり。然れども孔子の仁を説くは、却って是れ本源なり。孟子の集義を説くは、是れ事上より工夫を做すなり。後人の本を説けば則ち末を遺れ、事を説けば則ち心を廃するが如きに非ざるなり。
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『慎思録』巻之五陳北渓曰く、孔孟周程の道は、朱子に至りて益明らかなり、と。魏鶴山曰く、韓子謂ふ、孟子の功は禹の下に在らず、と。予謂ふ、朱子の功は孟子の下に在らず、と。陳魏二氏の言は、中に適ふと謂ふべし。誰か過当の言にして、其の好む所に阿ると謂はんや。
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『慎思録』巻之二程子の言は、気象渾厚、語意簡深にして、其の説を立つること、規矩準縄の如く、学者の法則と為すべし。朱子の言は、気象平直、語意詳明にして、其の説を立つること、夜行の灯燭、迷ふ者の指南の如く、学者の明証と為すべし。二子の出づるは、時を異にすと雖も、然れども其の道の異ならざること、符節を合はするが如し。蓋し朱子の学は、二程を宗師とする者なり。経説の如きは、間々同じからざる者有りと雖も、寡し。蓋し訓詁の較々異なるは、其の道の同じ為るを害せず。
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『慎思録』巻之四堯舜の如きは、一の中の字を説きて足る。孔子に至りて仁を説き義を説く。孟子に至りて仁義礼智を説き、浩然の気を説き、性善を説く。皆前聖の未だ発せざる所なり。堯舜は唯だ中を説く。孔子に至りて中庸を説き、子思始めて中和を説く。此れ時変世態人心の然らしむる所にして、已むを得ざるの故なり。程朱は後人の気を認めて理と為し、理を将て低く看了りて、陰陽と渾雑せんことを恐る。故に分開して説くのみ。蓋し理は是れ天地の道、万物の本根、陰陽の主宰なり。其の至貴至粋は、陰陽の比すべきに非ず。故に分析して説き、気と別物為ることを知らしむ。苟も渾説せば、則ち恐らくは後人習ひて察せず、其の理湮晦して分明ならざらん。故に分開して説くも、亦た自然の勢ひ、已むを得ざるの意なり。後学の為に教へを立つるの道は、時に随ひて宜しきを為す。固より当に此の如くなるべし。是れも亦た先賢の微意なり。後人の敢へて議すべき所に非ず。朱門末学の徒の如きは、愈分析すれば則ち愈紛雑す。惟だ夫子明道の渾融して説く者と、伊川朱子の分析して説く者とを取り、各其の意趣を極め、其の異同を以て離合して看れば、則ち渾説分説、各微意有り。此の如くならば、則ち恐らくは講学に益有らん。学者幸はくは一を執りて論ずべからず。