弁道 / 第五則
然既已以命先王之德。自此之後。聖人之名。莫以尙焉。至於子思推孔子之爲聖。而孔子無制作之迹。又極言道率人性。則不得不言聖人可學而至矣。故以誠語聖也。至於孟子勸齊梁王欲革周命。則不得不以聖人自處矣。以聖人自處。而堯舜文周嫌於不可及矣。故旁引夷惠。皆以爲聖人也。子思去孔子不遠。流風未泯。其言猶有顧忌。故其稱聖人。有神明不測之意。若孟子則止言行一不義殺一不辜而得天下不爲也。是特仁人耳。非聖人也。要之孟子亦去孔子不甚遠。其言猶有斟酌者若此。祇二子急於持論。勇於救時。辭氣抑揚之間。古義藉以不傳焉。可嘆哉。
新字:然既已以命先王之徳。自此之後。聖人之名。莫以尚焉。至於子思推孔子之為聖。而孔子無制作之迹。又極言道率人性。則不得不言聖人可学而至矣。故以誠語聖也。至於孟子勧斉梁王欲革周命。則不得不以聖人自処矣。以聖人自処。而堯舜文周嫌於不可及矣。故旁引夷恵。皆以為聖人也。子思去孔子不遠。流風未泯。其言猶有顧忌。故其称聖人。有神明不測之意。若孟子則止言行一不義殺一不辜而得天下不為也。是特仁人耳。非聖人也。要之孟子亦去孔子不甚遠。其言猶有斟酌者若此。祇二子急於持論。勇於救時。辞気抑揚之間。古義藉以不伝焉。可嘆哉。
書き下し
然れども既已に以て先王の徳に命くれば、此れより後、聖人の名、以て尚ふる莫し。子思の孔子の聖たるを推すに至りては、而も孔子に制作の迹無し。又た道は人性に率ふと極言すれば、則ち聖人は学びて至るべしと言はざるを得ず。故に誠を以て聖を語るなり。孟子の斉梁の王に周の命を革めんことを勧むるに至りては、則ち聖人を以て自ら処らざるを得ず。聖人を以て自ら処りて、而して堯舜文周は及ぶべからざるに嫌あり。故に旁く夷恵を引きて、皆以て聖人と為すなり。子思は孔子を去ること遠からず、流風未だ泯びず、其の言猶ほ顧忌有り。故に其の聖人を称するに、神明不測の意有り。孟子の若きは則ち止だ「一不義を行ひ一不辜を殺して天下を得るも為さず」と言ふのみ。是れ特だ仁人のみ、聖人に非ざるなり。之を要するに孟子も亦た孔子を去ること甚だ遠からず、其の言猶ほ斟酌有る者此くの若し。祇だ二子は論を持するに急に、時を救ふに勇なり。辞気抑揚の間、古義藉りて以て伝はらず。嘆ずべきかな。
現代語訳
しかし、ひとたびこの名で先王の徳を呼んでからは、聖人という名より上のものはなくなった。子思が孔子を聖人として推し立てようとしたとき、孔子には制作の跡がなかった。また道は人の性に従うものだと強く言い切ったので、聖人は学んで到達できると言わざるをえなくなった。だから「誠」によって聖を語ったのである。孟子が斉や梁の王に周の天命を改めるよう勧めるに至っては、自らを聖人の立場に置かざるをえなくなった。自らを聖人に置くと、堯・舜・文王・周公には及べないことが具合悪い。そこで伯夷・柳下恵まで広く引いて、みな聖人だとしたのである。子思は孔子から遠くなく、遺風がまだ消えていなかったので、その言葉にはまだ遠慮があった。だから聖人を称するのに、神のように測り知れないという意味を残している。孟子はといえば、ただ「一つの不義を行い、一人の無実の者を殺して天下を得られるとしても、しない」と言うだけである。これはただの仁人であって聖人ではない。要するに孟子もまだ孔子からそれほど遠くなかったので、言葉にこのくらいの手加減はあった。ただ二人は自説を主張するのに急で、時世を救うのに勇み立っていたため、言葉の調子の上げ下げの間に、古い意味が伝わらなくなってしまった。嘆かわしいことである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『甲陽軍鑑』品第四十子細は信玄公わかうまします時より、諸侍のことばをよくきゝ、分別あるも、なきも、つよからんも、よはからんも其人の物いふ儀にてつもり被成たるが、今日にいたるまでも、それがしむけんならくへ堕罪仕らん、少もあひちがはず候、さるほどに、よき事をもほめ所を見いだし、聞付穿鑿の取さたをもつて善をば善と定め、悪をば悪とさだめ、道理をつめてほめそしる武士の作法なり、さなくして、かたはし聞て我贔負の者を虚空によきとばかり批判する事女にあひにたる侍、と信玄公の常々御諚これなり、如此有様にせんさくあそばす故、若手に能武士出くるなりと阿部加賀守申て、金丸助六郎·同惣蔵にをしゆる也、
-
『正法眼蔵随聞記』巻一宋土の寺院なんどには都て雑談をせざれば、其やうなること、をも云はざるなり、吾が国も近ごろ建仁寺の僧正存生の時は、一向あからさまにも此の如きの言語出来らず、滅後にも存世の時の弟子等、少々残りとヾまりたりし時は一切に云はざりき、近ごろ此の七八年より以来、今ま出の若き人たち時々談ずるなり、存外の次第なり、聖教の中にも麁强悪業令人覚悟無利言説能障正道とありて、只うち出して云処の言ばすら、無利の言説は障道の因縁なり況やかくの如きの言語は、ことばに引れて即ち心も起りつべし、最も用心すべきなり、故さらにかくなん云はじとせずとも、悪きことゝ知りなば漸々に退治すべきなり、
-
人物志・八觀其の言甚だ懌べども、精色従わざる者は、中に違う有るなり。其の言違う有れども、精色信ずべき者は、辞の敏ならざるなり。
-
『正法眼蔵随聞記』巻一雑話の次でに云く、世間の男女老少多く交会姪色等の事を談ず、是を以て心を慰むるとし、興言とすることあり、一旦意をも遊戯し、徒然も慰むるに似たりと云ふとも、僧はもつとも禁断すべきことなり、俗猶よき人、まことしき人の、礼儀をも存じ、げにげにしき談の時、出来らざることなり、只乱酔放逸なる時の談なり、況や僧は専ら仏道を思ふべし、雑語は希有異体の乱僧の云ふことなり、
-
論語・顔淵篇司馬牛、仁を問う。子曰く、「仁者は、其の言や訒し。」曰く、「其の言や訒しければ、斯れ之を仁と謂うか。」子曰く、「之を為すこと難し、之を言うこと訒きこと無きを得んや。」
-
『甲陽軍鑑』品第六如此の三楽も無果報〓にや終に一国とはたもたず、彼の三楽信玄公の背語申つることを聞て弥三楽を高上に存する也、古語に曰く、金以火ヲ試ミ人ハ以言ヲ試ム云々、人の善悪を云にて、其の者の行何計の者也としる可、人は人をほむるもそしるも大切ならん、九思一言ことはにけがのなきが実の武士ならん、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る