慎思録 / 巻之五
仁者。以天地萬物爲一體。此理本自如此。非勉强爲一體而已。葢吾身自天地而生來。天地爲萬物之父母。故天地萬物。與吾身本自爲一氣。仁者至公無私。故無物我之間隔。不能不以天地萬物爲一體爾。西銘特言此意爾。
新字:仁者。以天地万物為一体。此理本自如此。非勉強為一体而已。葢吾身自天地而生来。天地為万物之父母。故天地万物。与吾身本自為一気。仁者至公無私。故無物我之間隔。不能不以天地万物為一体爾。西銘特言此意爾。
書き下し
仁者は、天地万物を以て一体と為す。此の理本自ら此くの如し。勉強して一体と為すに非ざるのみ。蓋し吾が身は天地より生じ来たる。天地は万物の父母たり。故に天地万物と吾が身とは、本自ら一気たり。仁者は至公無私なり。故に物我の間隔無く、天地万物を以て一体と為さざること能はざるのみ。西銘特に此の意を言ふのみ。
現代語訳
仁者は、天地万物を自分と一体のものとします。この理はもともとこのようなもので、無理に努めて一体とするのではありません。そもそも自分の身は天地から生まれてきたのです。天地は万物の父母です。だから天地万物と自分の身とは、もともと一つの気なのです。仁者はこの上なく公平で私心がありません。だから他と自分との隔てがなく、天地万物を一体とせずにはいられないのです。「西銘」はとりわけこの意味を言ったものです。
解説
「仁者は天地万物を以て一体と為す」は程顥の言葉で、朱子学の仁の理解の核心です。「西銘」は北宋の張載の文で、「乾を父と称し坤を母と称す」「民は吾が同胞、物は吾が与なり」と説き、宋学で重んじられました。益軒は、万物一体は努力して作り出すものではなく、もともと同じ気から生まれたという事実に基づくと言います。巻頭の天地報恩の条ともつながる考えです。人や自然を自分と切り離さずに感じる心は、他者への配慮や環境への責任を考えるうえで今も深い示唆を与えます。
この章句が説くこと
仁万物一体気西銘無私
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