慎思録 / 巻之五
陳北溪曰。孔孟周程之道。至朱子而益明。魏鶴山曰。韓子謂。孟子之功。不在禹下。予謂。朱子之功。不在孟子下。陳魏二氏之言。可謂適中也。誰謂過當之言。阿其所好乎。
新字:陳北渓曰。孔孟周程之道。至朱子而益明。魏鶴山曰。韓子謂。孟子之功。不在禹下。予謂。朱子之功。不在孟子下。陳魏二氏之言。可謂適中也。誰謂過当之言。阿其所好乎。
書き下し
陳北渓曰く、孔孟周程の道は、朱子に至りて益明らかなり、と。魏鶴山曰く、韓子謂ふ、孟子の功は禹の下に在らず、と。予謂ふ、朱子の功は孟子の下に在らず、と。陳魏二氏の言は、中に適ふと謂ふべし。誰か過当の言にして、其の好む所に阿ると謂はんや。
現代語訳
陳北渓は「孔子・孟子・周敦頤・程子の道は、朱子に至っていよいよ明らかになった」と言いました。魏鶴山は「韓愈は『孟子の功は禹に劣らない』と言ったが、私は朱子の功は孟子に劣らないと思う」と言いました。陳・魏二人の言葉は、ちょうどよい評価と言うべきです。誰がこれを言い過ぎで、自分の好むものにへつらったものだと言えましょうか。
解説
陳淳(北渓)は朱子の高弟で『北渓字義』を著し、魏了翁(鶴山)は南宋の朱子学者です。韓愈が孟子の功を禹に比したのは、禹が洪水を治めたように、孟子が楊朱・墨翟の異端を退けて道を守ったという意味です。前に益軒は朱子を聖人視することを戒めましたが、ここでは朱子の功績そのものは最大限に評価します。盲信を戒めることと、偉大さを正当に認めることは両立するのです。尊敬する人を過大にも過小にも評価せず、功績は功績として率直に讃える。公正な評価のあり方を示しています。
この章句が説くこと
朱子道統孟子評価公正
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