士道心得書 / 仁は賞罰を明らかに
士の仁術とするものは賞爵也。世に云處の或は虫をも不殺、殺生を禁じ、乞食非人に物を取らせ、只弱くして善惡ともにひたすらにいたはりて、殺す可をも不殺、咎む可をも咎がめず。夫人女子の情の如く成るをいふには有らず。士の仁情を行ふといふは、賞爵を明らかにして、勸善懲惡を大要とす。譬ば一人惡逆不道をなして萬人是が爲に苦しむ時は、其一惡を殺して、諸人の心を歡ばしめ、又一惡を罸して、大勢の人をこらしめて、衆の心を改め、一善有る時は是を賞す。諸人浦山鋪思はせて善道にすゝむる、是天下の人をして善人とす。大仁不有哉。
新字:士の仁術とするものは賞爵也。世に云処の或は虫をも不殺、殺生を禁じ、乞食非人に物を取らせ、只弱くして善悪ともにひたすらにいたはりて、殺す可をも不殺、咎む可をも咎がめず。夫人女子の情の如く成るをいふには有らず。士の仁情を行ふといふは、賞爵を明らかにして、勧善懲悪を大要とす。譬ば一人悪逆不道をなして万人是が為に苦しむ時は、其一悪を殺して、諸人の心を歓ばしめ、又一悪を罰して、大勢の人をこらしめて、衆の心を改め、一善有る時は是を賞す。諸人浦山鋪思はせて善道にすゝむる、是天下の人をして善人とす。大仁不有哉。
書き下し
士の仁術とするものは賞爵なり。世に云ふ處の、或は虫をも殺さず、殺生を禁じ、乞食非人に物を取らせ、只だ弱くして善惡ともにひたすらにいたはりて、殺すべきをも殺さず、咎むべきをも咎めず。夫人女子の情の如く成るをいふには有らず。士の仁情を行ふといふは、賞爵を明らかにして、勸善懲惡を大要とす。譬へば一人惡逆不道をなして萬人是れが爲に苦しむ時は、其の一惡を殺して、諸人の心を歡ばしめ、又一惡を罸して、大勢の人をこらしめて、衆の心を改め、一善有る時は是れを賞す。諸人うらやましく思はせて善道にすゝむる、是れ天下の人をして善人とす。大仁に有らずや。
現代語訳
士の仁術とは、賞と爵(褒美と位)です。世間でいう、虫さえ殺さず、殺生を禁じ、乞食や非人に物を与え、ただ弱々しく善人も悪人もひたすら労わって、殺すべき者も殺さず、とがめるべき者もとがめない、といったものをいうのではありません。それは夫人や女子の情のようなものです。士が仁の情を行うというのは、賞と爵を明らかにして、善を勧め悪を懲らしめることを大本とすることです。たとえば一人が悪逆非道を行って万人がそのために苦しむときは、その一悪を殺して人々の心を喜ばせ、また一悪を罰して大勢の人を戒め、多くの者の心を改めさせ、一つでも善があればこれを賞します。人々にうらやましく思わせて善の道へ進ませ、天下の人を善人にします。これこそ大きな仁ではありませんか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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言志四録・言志録 第四十九条 賞罰に私を容れず天工を助くる者は、我従ひて之を賞す。天物を戕ふ者は、我従ひて之を罰す。人君は私を容るるに非ず。
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『童子問』卷中問ふ。何を以てか賞罰能く其の功罪に当たることを得ん。曰く、賞罰各其の功罪に当たらんことを欲する者は、政を為す者の心なり。然れども賞罰各其の功罪に当たらんと欲すれば、則ち罰は必ず過ぎて、賞は必ず及ばず。罰過ぎて賞及ばざれば、則ち人心睽く。人心睽けば、則ち国危ふし。故に聖人は其の賞を過ぎて、其の罰を減ず。其の賞を過ぎて、其の罰を減ずれば、則ち賞罰自ら其の当を得。書に曰く、罪の疑はしきは惟軽くし、功の疑はしきは惟重くす。其の不辜を殺さんよりは、寧ろ不経に失せよ、と。是れなり。孔子曰く、惟仁者のみ能く人を好み、能く人を悪む、と。蓋し人の善を好むは、毎に及び難く、而して人の悪を悪むは、必ず過ぎ易し。惟仁人は人を愛すること深し。故に好悪能く其の実に中る。賞罰の能く其の功罪に当たるも、亦然り。
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『洗心洞箚記』卷下・第百三十三條陸子曰く、後世寛仁を言ふ者は、類ね姑息に出づ。殊に知らず、苟も文致に出でずして、其の情に当たらば、是れ乃ち実の仁なることを。故に吾嘗て曰く、虞舜孔子の寛仁は、吾四裔両観の間に於いて之を見る、と。又曰く、臨安の四聖観、六月の間、城を傾けて士女咸な出でて禱祠す。或ひと問ふ、何を以て人の帰郷すること此くの如きを致すか、と。答へて曰く、只だ是れ賞罰明らかならざればなり、と。陸子経世の才は、此の二条に見ゆ。昔人陸子を伊尹の莘に在りし時に比し、而して陽明子の大功業は、子静の事功を做し出だし来たると云ふ。是れ謂はれ無きに非ざるなり。学者宜しく心を留むべし。
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『武治提要』賞罰・第3段武將三軍を帥て賞すべきもの三、罰すべきもの三。一に云く忠、二に云義、三に云く勇、これ賞すべきものなり。一に云く不忠、二に云不義、三に云く不勇、これ乃罰すべきものなり。而して三等各上中下の三等を具、賞罰の目併て一十八なり。たとへ上功といへども、下等なるときは、下功の上等に或は下るべきことあり、或は中等に配すべきものあり。詳に其情實を盡すにあり。一たびも功に的中せざるの賞あるときは、人これを恨、一たびも罪に的中せざるの刑あるときは、人これを怒る。人恨人怒ときは、大切に臨て其指揮に屬せず。これ大敗の本たり。夙夜に思にあらずんば、衆情を得ること叶べからず。凡君君たらずとも、臣以て臣たらずんばあるべからずと云ものは、聖人人を敎の道にして、澆薄の人情を說にあらず。君の臣を視ること土芥のごときは、臣の君を視ること冠讎のごとしと云は、孟軻戰國の情を說ところなり。武國の俗に於て尤も斟酌せずんばあるべからず。
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『大和俗訓』巻之八・応接喜によつて、人に物をあたへ、賞を行ひ、怒によつて、人を責め、罰を行へば、必理にあたらずしてあやまる。喜怒の時、こらへて事を行ふべからず。喜も怒も止み、常の心になりて後、事を行ふべし。公事を聴く人、訟ふる者のことばによりて、怒を起し、悦をなすべからず。怒れば必非分のせめを行ひ、悦べば罪あるをゆるす。慎むべし。人を治むるには、まづ我が心を修むべし。我が心修まらずしては、理非をわかちがたかるべし。怒によつて理をまげ、是を非とし、罪を重くするは、賄賂にふけりて理をまげて、罪をかろくするに同じ。
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