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慎思録 / 巻之五

忠臣孝子之於君父。譬如手足之捍面目然。雖遭毀折而不懼。其所愛至深也。君子之愛人也。忘物我。故方其危難時。雖疎遠。而不能不救。况於其至尊至親者乎。如岳武穆。其愛君憂國之志至深。終有不可奪者。是以不顧利害死生。雖讒人抂陷至死。不變其節操。或謂。此非明哲保身之道。昧於進退之機。是豈知忠臣義士之心者耶。

新字:忠臣孝子之於君父。譬如手足之捍面目然。雖遭毀折而不懼。其所愛至深也。君子之愛人也。忘物我。故方其危難時。雖疎遠。而不能不救。況於其至尊至親者乎。如岳武穆。其愛君憂国之志至深。終有不可奪者。是以不顧利害死生。雖讒人抂陥至死。不変其節操。或謂。此非明哲保身之道。昧於進退之機。是豈知忠臣義士之心者耶。

書き下し

忠臣孝子の君父に於けるは、譬へば手足の面目を捍ぐが如く然り。毀折に遭ふと雖も懼れず。其の愛する所至りて深きなり。君子の人を愛するや、物我を忘る。故に其の危難の時に方りては、疎遠なりと雖も、救はざること能はず。况や其の至尊至親の者に於てをや。岳武穆の如き、其の君を愛し国を憂ふるの志至りて深く、終に奪ふべからざる者有り。是を以て利害死生を顧みず、讒人の枉陥して死に至ると雖も、其の節操を変ぜず。或るひと謂ふ、此れ明哲保身の道に非ず、進退の機に昧し、と。是れ豈に忠臣義士の心を知る者ならんや。

現代語訳

忠臣や孝子が君や父に対するのは、たとえば手足が顔や目をかばうようなものです。折れたり傷ついたりしても恐れません。その愛するところがきわめて深いからです。君子が人を愛するときは、他人と自分の区別を忘れます。だから人が危難にあったときは、疎遠な人でも救わずにはいられません。まして最も尊く最も親しい人ならなおさらです。岳武穆のように、君を愛し国を憂える志がきわめて深く、最後まで奪うことのできないものがありました。そのため利害や生死を顧みず、讒言する者に無実の罪で陥れられて死に至っても、その節操を変えませんでした。ある人は「これは賢明に身を保つ道ではなく、進退の機に暗い」と言います。これがどうして忠臣義士の心を知る者の言葉でしょうか。

解説

岳武穆は南宋の武将岳飛で、金との戦いで功を挙げながら、和議を進める宰相秦檜の讒言によって獄死しました。のちに名誉を回復され、武穆と諡されました。明哲保身は『詩経』大雅・烝民の「既に明且つ哲、以て其の身を保つ」から出た語で、賢く身を処することです。益軒は、岳飛を処世の下手な人と評する見方を退け、手足が顔をかばうような本能的な愛こそ忠臣の心だと言います。損得の計算で生きることが賢いとされる時代に、計算を超えた献身の尊さを思い出させる一条です。

この章句が説くこと

節操岳飛明哲保身

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