都鄙問答 / 卷之一・武士ノ道ヲ問ノ段
答、實左モアルベキコトカナ、樊遲問仁、子曰愛人問知知人、仁知ハ大ナリトイヘドモ、此二語ヲ以テ盡シ玉フ、文字ニヨラズシテ、人ノ曉シ易キコソヨカラン、愚元來不學ナレバ、幸ナル哉、心易汝ガ身ニモ備リタルコトヲ以テ語ベシ、先手足ハ、口ノタメニ使ルヽナリ、如何トナレバ、口ガ物ヲ食ネバ、手足安穩ナルコト不能、コノユヱニ手足ガ苦勞シテ、一代口ノ爲ニ使ハルヽト云ヘドモ、少シモ不屑ラシキコトナク、口ニ忠ヲ盡テ、能ク事マツルモノナリ、君ニ事マツル道モ、手足ノ口ニ使ルヽコトヲ法トスベシ、臣下ノ飯ト汁ハ、君ヨリ給ル奉祿ナリ、其祿ナクシテ、何ヲ以命ヲツグベキヤ、コノユヘニ我身ヲ委テ、君ノ身ニ代、
新字:答、実左モアルベキコトカナ、樊遅問仁、子曰愛人問知知人、仁知ハ大ナリトイヘドモ、此二語ヲ以テ尽シ玉フ、文字ニヨラズシテ、人ノ暁シ易キコソヨカラン、愚元来不学ナレバ、幸ナル哉、心易汝ガ身ニモ備リタルコトヲ以テ語ベシ、先手足ハ、口ノタメニ使ルヽナリ、如何トナレバ、口ガ物ヲ食ネバ、手足安穏ナルコト不能、コノユヱニ手足ガ苦労シテ、一代口ノ為ニ使ハルヽト云ヘドモ、少シモ不屑ラシキコトナク、口ニ忠ヲ尽テ、能ク事マツルモノナリ、君ニ事マツル道モ、手足ノ口ニ使ルヽコトヲ法トスベシ、臣下ノ飯ト汁ハ、君ヨリ給ル奉禄ナリ、其禄ナクシテ、何ヲ以命ヲツグベキヤ、コノユヘニ我身ヲ委テ、君ノ身ニ代、
書き下し
答ふ、実に左もあるべきことかな。樊遅仁を問ふ。子曰く、人を愛す。知を問ふ。人を知る。仁知は大なりといへども、此の二語を以て尽くし玉ふ。文字によらずして、人の暁し易きこそよからん。愚元来不学なれば、幸ひなるかな、心易く汝が身にも備はりたることを以て語るべし。先づ手足は、口のために使はるるなり。如何となれば、口が物を食はねば、手足安穏なること能はず。このゆゑに手足が苦労して、一代口の為に使はるると云へども、少しも不屑らしきことなく、口に忠を尽くして、能く事へまつるものなり。君に事へまつる道も、手足の口に使はるることを法とすべし。臣下の飯と汁は、君より給はる奉禄なり。其の禄なくして、何を以て命をつぐべきや。このゆへに我が身を委ねて、君の身に代はり、
現代語訳
梅岩は答えました。「まことにもっともなことです。樊遅が仁を尋ねると、孔子は『人を愛することだ』と答え、知を尋ねると『人を知ることだ』と答えました。仁も知も大きなものですが、この二言で言い尽くされています。文字に頼らず、人が分かりやすいのがよいのでしょう。私はもともと学問がないので、かえって好都合です。あなたの身にも備わっていることでたやすくお話ししましょう。まず、手足は口のために使われています。なぜなら、口が物を食べなければ手足は無事でいられないからです。だから手足は一生、口のために苦労して使われるのですが、少しも不満な様子はなく、口に忠を尽くしてよく仕えています。主君に仕える道も、手足が口のために使われることを手本にすればよいのです。家臣の飯と汁は、主君から頂く禄です。その禄がなければ何で命をつなぐでしょう。だからわが身をゆだねて、主君の身に代わり、」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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論語・公冶長篇子張問いて曰く、「令尹子文、三たび仕えて令尹と為るも、喜ぶ色無し。三たび之を已めらるるも、慍る色無し。旧令尹の政、必ず以て新令尹に告ぐ。何如。」子曰く、「忠なり。」曰く、「仁なりや。」曰く、「未だ知らず、焉んぞ仁なるを得ん。」「崔子斉君を弑す。陳文子馬十乗有り、棄てて之を違る。他邦に至れば、則ち曰く、『猶お吾が大夫崔子のごときなり』と。之を違る。一邦に之けば、則ち又曰く、『猶お吾が大夫崔子のごときなり』と。之を違る。何如。」子曰く、「清なり。」曰く、「仁なりや。」曰く、「未だ知らず、焉んぞ仁なるを得ん。」
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論語・雍也篇樊遅、知を問う。子曰く、民の義を務め、鬼神を敬して之を遠ざく、知と謂う可し。仁を問う。曰く、仁者は難きを先にして獲るを後にす、仁と謂う可し。
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葉隠・聞書第一忠臣は孝子の門に尋ねよとあり。随分(ずいぶん)心を尽くして孝行すべき事なり。奉公に精を出す人は自然にはあれども、孝行に精出す人は稀なり。よき者には他人も懇(ねんご)ろに、亡き後にて残り多く、孝行に精出す人は稀なり。無理なる人、無理なる親にてなくば知れまじきなり。
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葉隠・聞書第一主君さえ大切に仕り候えば、親も悦び、仏神も納受(のうじゅ)あるべしと存じ候。此方(こなた)は主を思うより外のこと知らず、志(こころざし)つのり候えば、不断(ふだん)御身辺(ごしんぺん)に気を附け、片時も離れ申さず候。又、女は第一に夫を主君の如く存ずべき事である。
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『韓非子』初見秦第一然り而して兵甲頓れ、士民病み、蓄積索き、田疇荒れ、囷倉虚しく、四隣の諸侯服せず、霸王の名成らず。此れ異なる故無し、其の謀臣皆な其の忠を尽くさざればなり。
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『墨子』魯問魯君の嬖人、死す。魯君、之が為に誄す。魯人、因りて説びて之を用う。子墨子、之を聞きて曰く、「誄なる者は、死人の志を道うなり。今、説びて之を用うるに因るは、是れ猶お來首を以て服に從うがごときなり」と。魯陽文君、子墨子に謂いて曰く、「我に忠臣を語る者有り。之に俯せしむれば則ち俯し、之に仰がしむれば則ち仰ぎ、處らしむれば則ち静かに、呼べば則ち應ず。忠臣と謂う可きか」と。子墨子曰く、「之に俯せしむれば則ち俯し、之に仰がしむれば則ち仰ぐは、是れ景に似たり。處らしむれば則ち静かに、呼べば則ち應ずるは、是れ響に似たり。君、将た何をか景と響とに得んや。翟の所謂る忠臣なる者を以てせば、上に過ち有れば則ち之を微にして以て諌め、己に善有れば則ち之を上に訪ねて、敢えて以て外に告ぐる無く、其の邪を匡して其の善に入り、尚びて下に比する無く、美善を上に在らしめて怨讐を下に在らしめ、安樂を上に在らしめて憂慼を臣に在らしむ。此れ翟の忠臣と謂う者なり」と。