晏子春秋 / 外篇上・太卜紿景公能動地晏子知其妄使卜自曉公
景公問太卜曰:「汝之道何能?」對曰:「臣能動地。」公召晏子而告之曰:「寡人問太卜曰:『汝之道何能?』對曰:『能動地。』地可動乎?」晏子默然不對,出,見太卜曰:「昔吾見鉤星在四心之間,地其動乎?」太卜曰:「然。」晏子曰:「吾言之,恐子之死也;默然不對,恐君之惶也。子言,君臣俱得焉。忠於君者,豈必傷人哉!」晏子出,太史走入見公曰:「臣非能動地,地固將動也。」陳子陽聞之曰:「晏子默而不對者,不欲太卜之死也。往見太卜者,恐君之惶也。晏子仁人也,可謂忠上而惠下也。」
新字:景公問太卜曰:「汝之道何能?」対曰:「臣能動地。」公召晏子而告之曰:「寡人問太卜曰:『汝之道何能?』対曰:『能動地。』地可動乎?」晏子黙然不対,出,見太卜曰:「昔吾見鉤星在四心之間,地其動乎?」太卜曰:「然。」晏子曰:「吾言之,恐子之死也;黙然不対,恐君之惶也。子言,君臣倶得焉。忠於君者,豈必傷人哉!」晏子出,太史走入見公曰:「臣非能動地,地固将動也。」陳子陽聞之曰:「晏子黙而不対者,不欲太卜之死也。往見太卜者,恐君之惶也。晏子仁人也,可謂忠上而恵下也。」
書き下し
景公太卜に問うて曰く、「汝の道は何をか能くする」と。対えて曰く、「臣は能く地を動かす」と。公晏子を召して之に告げて曰く、「寡人太卜に問う、『汝の道は何をか能くする』と。対えて曰く、『能く地を動かす』と。地は動かす可きか」と。晏子默然として対えず、出でて、太卜に見えて曰く、「昔吾鉤星の四心の間に在るを見たり。地其れ動かんか」と。太卜曰く、「然り」と。晏子曰く、「吾之を言わば、子の死なんことを恐る。默然として対えざれば、君の惶れんことを恐る。子言わば、君臣俱に得ん。君に忠なる者は、豈に必ずしも人を傷つけんや」と。晏子出で、太史走り入りて公に見えて曰く、「臣は能く地を動かすに非ず。地は固より将に動かんとするなり」と。陳子陽之を聞きて曰く、「晏子の默して対えざるは、太卜の死するを欲せざればなり。往きて太卜に見ゆるは、君の惶れんことを恐ればなり。晏子は仁人なり、上に忠にして下に恵むと謂う可し」と。
現代語訳
景公が太卜に尋ねました。「あなたの術は何ができるのか。」太卜は答えました。「私は地を動かすことができます。」公は晏子を召して告げました。「私が太卜に『あなたの術は何ができるのか』と尋ねると、『地を動かせる』と答えた。地は動かせるものか。」晏子は黙って答えず、退出して太卜に会い、言いました。「先ごろ私は、鉤星が四つの心の星の間にあるのを見ました。地が動くのではありませんか。」太卜は言いました。「その通りです。」晏子は言いました。「私がこれを言えば、あなたが殺されるのではないかと恐れました。黙って答えなければ、君が驚き恐れるのではないかと恐れました。あなたが自分で言えば、君も臣もともに良い。君に忠実な者は、必ずしも人を傷つけるものではありません。」晏子が出ると、太史が走って入り、公に会って言いました。「私は地を動かせるのではありません。地はもともと動こうとしていたのです。」陳子陽はこれを聞いて言いました。「晏子が黙って答えなかったのは、太卜を死なせたくなかったからです。出向いて太卜に会ったのは、君が驚くことを恐れたからです。晏子は仁の人であり、上に忠で下に恵みを与える人と言えます。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『都鄙問答』卷之一・武士ノ道ヲ問ノ段答ふ、実に左もあるべきことかな。樊遅仁を問ふ。子曰く、人を愛す。知を問ふ。人を知る。仁知は大なりといへども、此の二語を以て尽くし玉ふ。文字によらずして、人の暁し易きこそよからん。愚元来不学なれば、幸ひなるかな、心易く汝が身にも備はりたることを以て語るべし。先づ手足は、口のために使はるるなり。如何となれば、口が物を食はねば、手足安穏なること能はず。このゆゑに手足が苦労して、一代口の為に使はるると云へども、少しも不屑らしきことなく、口に忠を尽くして、能く事へまつるものなり。君に事へまつる道も、手足の口に使はるることを法とすべし。臣下の飯と汁は、君より給はる奉禄なり。其の禄なくして、何を以て命をつぐべきや。このゆへに我が身を委ねて、君の身に代はり、
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『慎思録』巻之五忠臣孝子の君父に於けるは、譬へば手足の面目を捍ぐが如く然り。毀折に遭ふと雖も懼れず。其の愛する所至りて深きなり。君子の人を愛するや、物我を忘る。故に其の危難の時に方りては、疎遠なりと雖も、救はざること能はず。况や其の至尊至親の者に於てをや。岳武穆の如き、其の君を愛し国を憂ふるの志至りて深く、終に奪ふべからざる者有り。是を以て利害死生を顧みず、讒人の枉陥して死に至ると雖も、其の節操を変ぜず。或るひと謂ふ、此れ明哲保身の道に非ず、進退の機に昧し、と。是れ豈に忠臣義士の心を知る者ならんや。
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『童子問』卷上問ふ、令尹子文・陳文子は何を以て仁を許されざる。曰く、二子若し管仲の志と才とを有たば、亦当に其の仁を称すべし。子文は身の為に謀らず、人に告ぐるに忠を以てす。文子は能く其の身を潔くして去る。皆観るべきに足る。然れども利沢物に及ぶの功無し。此れ其の忠と清とに止まる所以なり。
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論語・公冶長篇子張問いて曰く、「令尹子文、三たび仕えて令尹と為るも、喜ぶ色無し。三たび之を已めらるるも、慍る色無し。旧令尹の政、必ず以て新令尹に告ぐ。何如。」子曰く、「忠なり。」曰く、「仁なりや。」曰く、「未だ知らず、焉んぞ仁なるを得ん。」「崔子斉君を弑す。陳文子馬十乗有り、棄てて之を違る。他邦に至れば、則ち曰く、『猶お吾が大夫崔子のごときなり』と。之を違る。一邦に之けば、則ち又曰く、『猶お吾が大夫崔子のごときなり』と。之を違る。何如。」子曰く、「清なり。」曰く、「仁なりや。」曰く、「未だ知らず、焉んぞ仁なるを得ん。」
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『徂徠先生答問書』卷中君子の道も是を土台といたし候事は、君子の道は仁にて候。仁は国天下の民を安じ候事にて、もと人の上たるものの道にて候。孝弟忠信中庸の徳行は、分に相応にたれにてもなり申候事にて、上たる人ばかりの道にては無御座候。孝は父母を養ひ安んずる道にて候。弟は兄弟を養ひ安んずる道にて候。忠は君につかへて君を安んじ養ふ道にて候。信は朋友を安んじ養ふ道にて候。されば何れも皆仁の小わりと可被思召候。たゞ人々の量の大小御座候故、大量の人ならでは仁をわが任といたし候事なりがたく候。量の大小にかゝはらず、たれにても仁の心をおこなひ候事は、孝弟忠信中庸の徳行と可被思召候。是により孝弟忠信を土台といたし、是よりのぼり候へば、君子の仁もよく相応いたし、齟齬いたし候所無御座候。若又孝弟忠信を土台といたさず候て、国天下を安んずるわざをのみ求め候はゞ、却て邪術にはせ候あやまりも出来可申事故、子思などの書を作り其ふせぎをいたされ候事にて御座候。たゞ量の大小に随ひ教の名目は別にて候得共、道は一箇の道にて更に別の道は無御座候。よく〳〵御工夫可被成候。以上。
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『五常訓』巻之二・仁之上天地に従ふとは如何にぞや。我が心に生れつきたる仁の徳は、是天地より我にさづけ給へる也。ここを以て、仁を行ふは、即天地の御心にしたがひて背かざるなり。たとへば主君よりさづけ給へる官職を、よく務むるを以て、君につかふる忠義とするが如し。仁を行ひて、天地のうみて子とし愛し給へる人倫を愛するが、天地につかへ奉る道なり。人倫は五あり、五倫と云ふ。五倫は、わが父子、君臣、夫婦、兄弟、朋友の五品を云ふ。倫は輩なり、類なり。天下の万民かぎりなしといへど、其類をわかてば、此五に出でず。五倫を愛するは、万民を愛するなり。万民は天地の子にて、愛し給ふ所なれば、われ是を愛するは、即天地の御心にしたがひて、天地につかへ奉る道なり。
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