慎思録 / 巻之五
柳宗元辯晏子春秋以謂。齊人之爲墨子之徒者作之。篤信甞顧其爲書。疑以爲非晏子所作。今見柳州之言。而倍自信鄙見之適不謬。而後人之僞作。
新字:柳宗元弁晏子春秋以謂。斉人之為墨子之徒者作之。篤信甞顧其為書。疑以為非晏子所作。今見柳州之言。而倍自信鄙見之適不謬。而後人之偽作。
書き下し
柳宗元、晏子春秋を辯じて以謂へらく、斉人の墨子の徒為る者之を作る、と。篤信嘗て其の書為るを顧みて、疑ひて以て晏子の作る所に非ずと為す。今柳州の言を見て、倍自ら鄙見の適に謬らずして、後人の偽作なるを信ず。
現代語訳
柳宗元は『晏子春秋』を論じて、斉の人で墨子の門徒であった者がこれを作ったと考えました。私篤信はかつてその書のありさまを顧みて、晏子が作ったものではないと疑っていました。今、柳宗元の言葉を見て、自分の考えがちょうど誤っておらず、後の人の偽作であることを、ますます自ら信じるようになりました。
解説
晏子は春秋時代の斉の名宰相晏嬰で、『晏子春秋』はその言行を記した書です。唐の柳宗元は「晏子春秋を辯ず」で、書中に墨家の思想が多いことから、墨子の徒の作だと論じました。柳宗元は柳州刺史となったので柳州と呼ばれます。益軒はもともと同じ疑いを持っており、先人の考証によって自説に確信を得たと述べます。自分の読みを独りで立て、それを先人の見解と照らし合わせて確かめる。これは学問の基本的な手続きです。仮説を持って読み、裏付けを得て確信するという姿勢は、あらゆる調べ物に役立ちます。
この章句が説くこと
考証偽作疑読書晏子
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