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慎思録 / 巻之五

世間幼弱之人。夭者多矣。死期之近。雖在歲月之間。亦不能知。故老幼不能知其壽數之長短。然則幼者不可負其富春秋而放蕩。老者亦不可憂其大耋而咨嗟。

新字:世間幼弱之人。夭者多矣。死期之近。雖在歳月之間。亦不能知。故老幼不能知其寿数之長短。然則幼者不可負其富春秋而放蕩。老者亦不可憂其大耋而咨嗟。

書き下し

世間の幼弱の人、夭する者多し。死期の近き、歳月の間に在りと雖も、亦知ること能はず。故に老幼其の寿数の長短を知ること能はず。然らば則ち幼き者は其の春秋に富むを負みて放蕩すべからず。老いたる者も亦其の大耋を憂へて咨嗟すべからず。

現代語訳

世の中の幼く若い人には、若死にする者が多いのです。死期が近く、数年のうちにあっても、それを知ることはできません。だから老人も若者も、自分の寿命の長短を知ることはできません。それなら、若い者は将来が長いことを頼みにして放蕩してはなりません。老いた者もまた、年老いたことを憂えて嘆いてはなりません。

解説

江戸時代は乳幼児や若者の死亡率が高く、益軒も身近な人の早世を見てきたはずです。寿命は誰にもわからないという事実から、益軒は二つの教訓を導きます。若者は時間があると思って怠けるな、老人は老いを嘆くな。「春秋に富む」は年が若く将来が長いことをいい、大耋は『易経』離卦に見える語で、八十歳ほどの高齢を指します。益軒自身、八十代まで旺盛に著述を続けました。年齢を言い訳にせず、今日という一日を大切に使うことは、何歳になっても変わらない心得です。

この章句が説くこと

寿命時間老い無常勤勉

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この一句を、あなたの毎日に。

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