慎思録 / 巻之四
志士愛日。葢懼百年之期難保。而時日之逝易過。萬端之事繁重。而進修之功難成也。而人生最可愛日之時。有三焉。其一。幼弱之時。記臆與精力倶盛。故博聞强記之功易成。一記誦。則終身不忘。此時精勵。則一日之功。可以當十日。此學者當愛日之時也。其二。少壯之時。父母既老。不能久侍養。是以定省之功。不可一日怠廢。此人子當愛日之時也。其三。老境衰殘之日。躬既致仕。則無公事靡盬之勳勞。方此時。須思其死期之迫近。而日日娛樂。優游終身。此老衰當愛日之時也。夫善勤勞。善娛樂者。君子一張一弛之事。以一時爲一日。以一日爲十日。以一年爲十年。是愛日也。遜志齋曰。善愛其身者。能使百年爲千載。亦此意耳。不能娛樂能勤勞。則日日空過。年年徒度。怠惰而虛生。憂苦而終身而已。山有樞詩曰。山有漆隰有栗。子有酒食。何不日鼓瑟。且以喜樂。且以永日。宛其死矣。他人入室。此詩可爲至老憂苦。而不知樂者之警戒。
新字:志士愛日。葢懼百年之期難保。而時日之逝易過。万端之事繁重。而進修之功難成也。而人生最可愛日之時。有三焉。其一。幼弱之時。記臆与精力倶盛。故博聞強記之功易成。一記誦。則終身不忘。此時精励。則一日之功。可以当十日。此学者当愛日之時也。其二。少壮之時。父母既老。不能久侍養。是以定省之功。不可一日怠廃。此人子当愛日之時也。其三。老境衰残之日。躬既致仕。則無公事靡盬之勲労。方此時。須思其死期之迫近。而日日娯楽。優游終身。此老衰当愛日之時也。夫善勤労。善娯楽者。君子一張一弛之事。以一時為一日。以一日為十日。以一年為十年。是愛日也。遜志斎曰。善愛其身者。能使百年為千載。亦此意耳。不能娯楽能勤労。則日日空過。年年徒度。怠惰而虚生。憂苦而終身而已。山有枢詩曰。山有漆隰有栗。子有酒食。何不日鼓瑟。且以喜楽。且以永日。宛其死矣。他人入室。此詩可為至老憂苦。而不知楽者之警戒。
書き下し
志士は日を愛しむ。蓋し百年の期は保ち難くして、時日の逝くことは過ぎ易く、万端の事は繁重にして、進修の功は成り難きを懼るるなり。而して人生最も日を愛しむべきの時、三有り。其の一は幼弱の時なり。記臆と精力と倶に盛んなり。故に博聞強記の功成り易し。一たび記誦すれば、則ち終身忘れず。此の時精励すれば、則ち一日の功、以て十日に当たるべし。此れ学者の当に日を愛しむべきの時なり。其の二は少壮の時なり。父母既に老いて、久しく侍養すること能はず。是を以て定省の功、一日も怠廃すべからず。此れ人子の当に日を愛しむべきの時なり。其の三は老境衰残の日なり。躬既に致仕すれば、則ち公事靡盬の勤労無し。此の時に方りて、須らく其の死期の迫近するを思ひて、日日娯楽し、優游して身を終ふべし。此れ老衰の当に日を愛しむべきの時なり。夫れ善く勤労し、善く娯楽するは、君子の一張一弛の事なり。一時を以て一日と為し、一日を以て十日と為し、一年を以て十年と為す。是れ日を愛しむなり。遜志斎曰く、善く其の身を愛しむ者は、能く百年をして千載と為さしむ、と。亦た此の意のみ。娯楽すること能はず勤労すること能はざれば、則ち日日空しく過ぎ、年年徒らに度り、怠惰にして虚生し、憂苦して身を終ふるのみ。山有枢の詩に曰く、山に漆有り隰に栗有り。子に酒食有り、何ぞ日に瑟を鼓して、且つ以て喜楽し、且つ以て日を永くせざる。宛として其れ死せば、他人室に入らん、と。此の詩は老に至るまで憂苦して楽しみを知らざる者の警戒と為すべし。
現代語訳
志ある人は日々を惜しみます。人生百年は保ちがたく、月日は過ぎやすく、さまざまな用事は多く重く、修養の成果はなかなか上がらないことを恐れるからです。人生で最も日々を惜しむべき時は三つあります。一つは幼い時です。記憶力と気力がともに盛んなので、広く聞き強く覚える成果が上がりやすく、一度覚えれば一生忘れません。この時に励めば、一日の努力が十日分に当たります。これは学ぶ者が日々を惜しむべき時です。二つめは若く盛んな時です。父母はすでに老いており、長く仕え養うことはできません。ですから朝晩の安否を気遣う務めは一日も怠ってはなりません。これは子として日々を惜しむべき時です。三つめは老いて衰えた日々です。すでに職を退いていれば、公務に追われる苦労はありません。この時には死期が迫っていることを思って、日々楽しみ、ゆったりと一生を終えるべきです。これは老いた者が日々を惜しむべき時です。よく働き、よく楽しむのは、君子が張ったり緩めたりすることです。一時を一日とし、一日を十日とし、一年を十年とする、これが日を惜しむということです。方孝孺は「よく自分の身を惜しむ者は、百年を千年にすることができる」と言いましたが、これも同じ意味です。楽しむこともできず、働くこともできなければ、毎日を空しく過ごし、毎年をむだに送り、怠けて無為に生き、憂い苦しんで一生を終えるだけです。『詩経』の山有枢の詩に「山には漆の木があり、湿地には栗の木がある。あなたには酒も食べ物もあるのに、どうして毎日琴を弾いて、楽しみ、日を長くしないのか。ひとたび死んでしまえば、他人がその家に入るだろう」とあります。この詩は、老いるまで憂い苦しんで楽しみを知らない者への戒めとすべきです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『慎思録』巻之一子弟の輩、学を為すの道は、須らく論語孔子の教ふる所を以て法と為すべし。是れ聖門の懿訓、万世の模範なり。蓋し聖人は百世の師、天下の標準なり。其の言は乃ち万世の信なり。学者の仰慕して循守すべき所の者、豈に復た以て此に加ふる有らんや。学者須らく必ず是に由りて学ぶべし。是れ学問の成法為り。読書記誦の如きは、固より是れ子弟当務の事なり。然れども第一義と為すべからず。苟も孝弟謹信等の事を篤行して、余力有れば、則ち以て読書講習、博学審問を勤めと為すべし。須らく義理を講究し聡明を開発すべし。初学より成徳に至るまで、学を為すの法、須らく此くの如くなるべし。若し未だ孝弟忠信を以て善を為し力行して基本を立つること能はずして、徒らに博覧記誦を以て急務と為さば、是れ後世俗学口耳の習のみ。聖門人を教ふるの道に非ざるなり。
-
『斉家論』上予不学なれば、四書五経にさへ仮名して読み来たれり。しかるに幸ひなるかな、今日まで入れ替はり聴衆もたえず、其の中に親しき門弟もあり。今々の門弟には、文学を好める人もあれど、したしき門弟は、文質彬々は所詮及びがたしと思ふより、某が言ふ所に同心し、且つ他をも誘ひ集むる事こそ殊勝なれ。寛保元年秋の頃門弟の中来たりて云ふ、武蔵国に薪木売り長五郎といふ孝心なる者あり、江戸表はこの沙汰にて、則ち其の趣き板行にあらはれしとて見せられけり。曰く、武蔵国多摩郡府中領押立村に、長五郎といふ小百姓あり。其の身貧しく、妻にもはなれ、八十八歳になる母を養ひ、其の外子供にもせがまれながら、母を大切にやしなひ、孝をつくせしゆへ、公の御恵みにもあづかりしとなり。
-
『斉家論』上此の長五郎、貧しき百姓薪売りの事なれば、学問の徳にて、孝行したりとも見えざれども、天下万民聞き知る程にはなれり。門弟中にも、是までは、文学なくては、学問の甲斐なきなどとおもひし者も、長五郎が事を聞き、いよいよ吾が言ふところに同心するこそ有りがたき。又去る年、門弟一書を持ち来たり見せられけり。題号は越後孝婦伝とあり。曰く、越後国三島郡出雲崎尼瀬の大工作太夫が女房は、姑に孝行なるもの也。夫作太夫も孝心なるものなれど、世のいとなみのやるせなくて、他国かせぎに出づるゆへ、女房ひとり、七十にあまる姑を介抱し、孝行をなし、是も御恵みにあづかりしよし、板行にあらはれ、普く天下にひろまるは、有りがたきにあらずや。元来仮名ものなれば、
-
『慎思録』巻之二程子曰く、人と為りて世間に処し、事の疑ふべき処無きを見得れば、多少の快活ぞ、と。愚謂ふ、君子の学は、博覧広聞し、理を究むるを以て務めと為す。故に積累久しくして、天地万物の道理に貫通すれば、則ち宇宙の間に俛仰して、事物悉く疑ふべき無きに至る。楽しまずして復た如何。此れ君子の心の、多少快活なる所以なり。
-
『酔古堂剣掃』集醒・自ら悟るの了了たるに如かず事理の人の言に因りて悟る者は、悟る有るも還た迷ふ有り、總て自ら悟るの了了たるに如かず。 意興の外境に從りて得る者は、得る有るも還た失ふ有り、總て自ら得るの休休たるに如かず。
-
『慎思録』巻之五東坡の荀卿論は、世の好んで異論を立つる者を戒むべし。他人の毀誉を以て欣戚を為す者は、外に徇ひて内を忘るるなり。孟子曰く、不虞の誉有り、求全の毀有り、と。是れ毀誉以て欣戚を為すに足らざるを言ふなり。只だ内に省みて疚しからざる、楽しみ此より大なるは莫し。苟も学びて得る有らば、他人己を知らずと雖も、吾が心真に悦ぶべし。常人は学びて微かに才有れば、則ち人の己を知らざるを患ふ。或いは人之を知れば、則ち其の喜気揚揚たり。人之を知らざれば、則ち戚戚として楽しむこと能はず。其の心に得る無きを観るべきなり。