慎思録 / 巻之五
司馬遷曰。要之死日。然後是非乃定。愚謂。要者及也。衆人之行。初節正。而不保晩節者。有之矣。故曰然。葢愼初節者。血氣之爲也。故爲易矣。保晚節者。德行之力也。故爲難矣。初節雖愼。晩節不保。則平生之所爲。皆爲虛妄。故保晩節爲重。學者最可著力。
新字:司馬遷曰。要之死日。然後是非乃定。愚謂。要者及也。衆人之行。初節正。而不保晩節者。有之矣。故曰然。葢慎初節者。血気之為也。故為易矣。保晩節者。徳行之力也。故為難矣。初節雖慎。晩節不保。則平生之所為。皆為虚妄。故保晩節為重。学者最可著力。
書き下し
司馬遷曰く、之を要するに死の日、然る後に是非乃ち定まる、と。愚謂ふ、要は及ぶなり。衆人の行ひ、初節は正しくして晩節を保たざる者、之れ有り。故に然か曰ふ。蓋し初節を慎むは、血気の為なり。故に易しと為す。晩節を保つは、徳行の力なり。故に難しと為す。初節慎むと雖も、晩節保たざれば、則ち平生の為す所、皆虚妄と為る。故に晩節を保つを重しと為す。学者最も力を著くべし。
現代語訳
司馬遷は「つまるところ、死ぬ日になって初めて是非が定まる」と言いました。私が思うに、要とは及ぶという意味です。多くの人の行いには、初めは正しくても晩年の節操を保てない者がいます。だからこう言うのです。そもそも初めの節操を慎むのは血気の働きによるので、易しいのです。晩年の節操を保つのは徳行の力によるので、難しいのです。初めを慎んでも晩年の節操を保てなければ、生涯の行いはすべて空しいものになります。だから晩節を保つことを重んじるのです。学ぶ者は最も力を注ぐべきです。
解説
司馬遷の言葉は「任安に報ずるの書」に見えるものです。益軒は、若い時に身を慎むのは血気の勢いでもできるが、老いて節を守るのは徳の力がなければできないと分析します。地位や名声を得たあとに驕り、晩年に評判を落とす人は昔も今も少なくありません。益軒自身、八十五歳でこの書をまとめ、最後まで学問と著述を続けました。その人の言葉だけに重みがあります。キャリアの前半の勢いより、年を重ねてからの誠実さが一生の評価を決めるという、長い目で自分を律する教えです。
この章句が説くこと
晩節徳修身節操老い
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