慎思録 / 巻之五
溫公以孝經全編。悉爲聖人言。而不疑。至有膾炙之喩。後人亦傅會爲聖人之言。而信之者多矣。竊謂。溫公是忠厚之人。篤信聖人。所以有斯言也。然古昔之書。亦徃徃有僞作者。雖稱爲聖人之言。苟非義理精當之至。不可妄信。葢學者信可信疑可疑。亦是愼思明辨之工夫。而不可闕。孟子曰。盡信書。不如無書。誠哉斯言也。朱子作孝經刋誤。其鑒別分曉。解後世學者之迷。須依據以爲龜鏡。
新字:温公以孝経全編。悉為聖人言。而不疑。至有膾炙之喩。後人亦傅会為聖人之言。而信之者多矣。窃謂。温公是忠厚之人。篤信聖人。所以有斯言也。然古昔之書。亦往往有偽作者。雖称為聖人之言。苟非義理精当之至。不可妄信。葢学者信可信疑可疑。亦是慎思明弁之工夫。而不可闕。孟子曰。尽信書。不如無書。誠哉斯言也。朱子作孝経刋誤。其鑒別分暁。解後世学者之迷。須依拠以為亀鏡。
書き下し
温公、孝経の全編を以て、悉く聖人の言と為して疑はず。膾炙の喩へ有るに至る。後人も亦傅会して聖人の言と為して、之を信ずる者多し。窃かに謂ふ、温公は是れ忠厚の人にして、聖人を篤信す。斯の言有る所以なり。然れども古昔の書も、亦往往偽作の者有り。聖人の言と称すと雖も、苟も義理精当の至りに非ずんば、妄りに信ずべからず。蓋し学者の信ずべきを信じ疑ふべきを疑ふも、亦是れ慎思明辨の工夫にして、闕くべからず。孟子曰く、尽く書を信ずれば、書無きに如かず、と。誠なるかな斯の言や。朱子、孝経刊誤を作る。其の鑑別分暁にして、後世の学者の迷ひを解く。須らく依拠して以て亀鏡と為すべし。
現代語訳
司馬温公は『孝経』の全編をすべて聖人の言葉として疑いませんでした。膾炙のたとえまで持ち出すほどでした。後の人もまたこじつけて聖人の言葉とし、信じる者が多いのです。ひそかに思うに、温公は誠実で温厚な人で、聖人を篤く信じていました。だからこのような言葉があるのです。しかし昔の書にもしばしば偽作があります。聖人の言葉と称していても、道理がこの上なく正確で妥当でなければ、みだりに信じてはなりません。学ぶ者が信ずべきを信じ疑うべきを疑うのも、慎んで思い明らかに見分ける工夫であり、欠かしてはなりません。孟子は「書をすべて信じるなら、書がないほうがましだ」と言いました。まことにこの言葉のとおりです。朱子は『孝経刊誤』を作りました。その見分けは明快で、後世の学者の迷いを解いています。これに拠って手本とすべきです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之六孝経・礼記・家語等は、往往聖人の言を載す。然れども先儒尽くは信ぜず、其の聖言に非ざるを疑ふ者多し。然らば則ち後世之を伝へて先儒の言と為すと雖も、其の信ずべきを信じ、其の疑ふべきを疑はば、則ち可なるのみ。
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『慎思録』巻之五軽々しく先儒を議するは、固より是れ僭率にして、学者の当に戒むべき所なり。妄りに古人を信ずるも、亦是れ明らかならず、学者の当に審らかにすべき所なり。况や阿諛曲従して附会する者に於てをや。近世の学者、二者の蔽惑有るを免れず。大学或問に曰く、世蓋し誤りを承け訛を踵ぎ、心に非を知りて、故らに穿鑿附会を為し、以て其の説の必ず通ぜんことを求むる者有り。其の聖言を侮りて後学を誤ること益甚だし。亦何ぞ取りて以て法と為すに足らんや、と。朱子の言此くの如し。然らば則ち信ずべき者を信じ、疑ふべき者を疑ふは、先儒の言に従はずと雖も、亦先儒の心なり。君子の学は、当に斯くの如くなるべし。夫れ軽々しく先輩を議する者は固より非なり。而して妄りに其の好む所に阿る者も亦非なり。古を信ずる者は固より是なり。而して古に泥まざる者も亦是なり。
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『慎思録』巻之二孟子の文七篇は、皆是れ一人の作なり。苟も孟子の親ら作るに非ざれば、則ち首尾一体にして、些子の瑕疵無きこと此くの如くなること能はず。是れ朱子の史記を以て是に近しと為す所以の意なり。韓子謂ふ、孟軻の書は、軻の自ら著す者に非ず、と。恐らくは信じ難し。
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『慎思録』巻之三銭啓新の黽記に曰く、歯を以て自ら処るも、亦驕亢に近し、と。篤信曰く、歯を以て人に驕るは、亦富貴を以て人に驕ると同じ。夫れ郷党に居りては、固より当に歯を以て序と為すべし。是を以て異姓に施すは、則ち不可なり。学者尚書論語を読みて、二帝三王周公孔子の立つる所の教を玩味して、以て宋元明の諸士の異学の説を律すれば、則ち彼の詖淫邪遁偏党反側の説、古聖人の大中至正の道と合はざるを見るべし。然らば則ち彼の輩は聖道の正派に非ざること、知るべきのみ。此れ乃ち求是編困知記学蔀通弁四書存疑四書語録等の後儒の弁説を得るを待たずして自ら分明なり。蓋し古昔聖人の言を以て則と為し、是を以て後世の学術の邪正を論ずるは、猶ほ権衡を持して以て軽重を較べ、五穀を食ひて以て稊稗を較ぶるがごとし。其の是非曲直美悪、逃るる所無きのみ。然らば則ち諸を往聖に考へて謬らざる者は、是れ聖学の正派と為すべし。
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『慎思録』巻之五大抵後人の朱子を論ずる、其の失二有り。其の一は、朱子を以て信ずるに足らずと為して貶議す。其の二は、朱子を以て聖人と為して加ふべからずとす。朱子を以て信ずるに足らずと為す者は、固より是れ寃枉なり。朱子を以て聖人と為す者も、亦是れ其の好む所に阿るなり。此の二者は、朱子を知らざるの過ちなり。
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孟子・盡心章句下孟子曰く、「盡く書を信ぜば、則ち書無きに如かず。吾、武成に於いて、二三策を取るのみ。仁人は天下に敵無し。至仁を以て至不仁を伐つ。而るに何ぞ其の血の杵を流さんや。」