慎思録 / 巻之五
人各有賢愚。有曲直。有情僞。人心匿其美惡。而不可測知。如吾有眞情。他人不能知吾心曲。豈能傾心而相信哉。李太白詩曰。他人方寸間。山海幾千里。亦此意耳。人有平日常交膝晤語者。然不能知其心曲。猶相去隔千里一般。古人有謂。白頭如新。傾蓋如故。由知與不知也。亦此意耳。葢人之心曲幽隱。雖有良才美德長人者。雖有姦邪凶慝甚者。然常深伏而不發。非遇事焉。有終身不可窺者。雖父兄不能識之。况於他人乎。故吾之難知人。與人之難知我。同是一般。不可以人之不知己。而怨人自慍也。人不知吾之中心有美德。譬如他人不能知吾肚裏之饜足。是於我身不相干之事。何怨尤之有。故孔子曰。不患人之不己知。患不知人也。
新字:人各有賢愚。有曲直。有情偽。人心匿其美悪。而不可測知。如吾有真情。他人不能知吾心曲。豈能傾心而相信哉。李太白詩曰。他人方寸間。山海幾千里。亦此意耳。人有平日常交膝晤語者。然不能知其心曲。猶相去隔千里一般。古人有謂。白頭如新。傾蓋如故。由知与不知也。亦此意耳。葢人之心曲幽隠。雖有良才美徳長人者。雖有姦邪凶慝甚者。然常深伏而不発。非遇事焉。有終身不可窺者。雖父兄不能識之。況於他人乎。故吾之難知人。与人之難知我。同是一般。不可以人之不知己。而怨人自慍也。人不知吾之中心有美徳。譬如他人不能知吾肚裏之饜足。是於我身不相干之事。何怨尤之有。故孔子曰。不患人之不己知。患不知人也。
書き下し
人各賢愚有り、曲直有り、情偽有り。人心其の美悪を匿して、測り知るべからず。吾に真情有るが如きも、他人は吾が心曲を知ること能はず。豈に能く心を傾けて相信ぜんや。李太白の詩に曰く、他人方寸の間、山海幾千里、と。亦此の意のみ。人平日常に膝を交へて晤語する者有り。然れども其の心曲を知ること能はず。猶ほ相去ること千里を隔つるが一般なり。古人謂へる有り、白頭も新しきが如く、傾蓋も故の如し、と。知ると知らざるとに由るなり。亦此の意のみ。蓋し人の心曲は幽隠にして、良才美徳人に長ずる者有りと雖も、姦邪凶慝甚だしき者有りと雖も、然れども常に深く伏して発せず。事に遇ふに非ずんば、終身窺ふべからざる者有り。父兄と雖も之を識ること能はず。况や他人に於てをや。故に吾の人を知ること難きと、人の我を知ること難きと、同じく是れ一般なり。人の己を知らざるを以て、人を怨み自ら慍るべからず。人の吾が中心に美徳有るを知らざるは、譬へば他人の吾が肚裏の饜足を知ること能はざるが如し。是れ我が身に於て相干らざるの事なり。何の怨尤か之れ有らん。故に孔子曰く、人の己を知らざるを患へず、人を知らざるを患ふ、と。
現代語訳
人にはそれぞれ賢愚があり、曲直があり、本心と偽りがあります。人の心はその美点も悪点も隠していて、推し量ることができません。自分にまことの気持ちがあっても、他人は自分の心の奥を知ることができません。どうして心を傾けて互いに信じ合えましょうか。李白の詩に「他人の胸の内までは、山や海を幾千里も隔てている」とあるのも、この意味です。ふだんいつも膝を交えて語り合っている人がいても、その心の奥はわかりません。千里も隔たっているのと同じです。昔の人は「白髪になるまで付き合っても初対面のようで、道で車の覆いを傾けて語り合っただけでも旧知のようだ」と言いました。知るか知らないかによるのです。これもこの意味です。そもそも人の心の奥は深く隠れていて、人にまさる才能や美徳がある者も、はなはだしい悪をたくらむ者も、常に深く潜ませて表に出しません。事件に出会わなければ、一生うかがい知れないこともあります。父や兄でさえ見抜けないのですから、まして他人ならなおさらです。だから自分が人を知るのが難しいのと、人が自分を知るのが難しいのとは、同じことです。人が自分を知らないからといって、人を恨んだり自分で腹を立てたりしてはなりません。人が自分の心の中の美徳を知らないのは、たとえば他人が自分の腹が満ちているかどうかを知ることができないのと同じです。これは自分の身には関わりのないことです。何を恨みとがめることがありましょうか。だから孔子は「人が自分を知らないことを憂えず、自分が人を知らないことを憂える」と言ったのです。
解説
この章句が説くこと
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