呻吟語 / 外篇・天地・心は就ち是れ天なり
心就是天,欺心便是欺天,事心便是事天,更不須向蒼蒼上面討。
書き下し
心は就ち是れ天なり。心を欺くは便ち是れ天を欺くなり。心に事ふるは便ち是れ天に事ふるなり。更に須らく蒼蒼の上面に向かひて討むべからず。
現代語訳
心がそのまま天です。心を欺くのが天を欺くことであり、心に仕えるのが天に仕えることです。それ以上、青々とした空の上に求める必要はありません。
解説
天を、頭上の空から自分の心へ移します。心を欺けば天を欺いたことになり、心に仕えれば天に仕えたことになる。だから空の上に何かを探す必要はありません。祈りを退けた前の段と一続きで、天の所在を自分の内に定めた結論です。天地篇の中でも、最も人の側に近づいた一段になっています。天地篇の中でも、最も人の側に近づいた一段です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
心天内在祈り所在
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